【連載小説】見える二人②


二件目 分かんない

 午前8時、伊月は昨日の仕事のこと、木下とのことを思い出しながら、会社へと向かった。伊月が会社に着くと、木下はすでに出社していた。
「おはようございます。」
「あっ、おはよう。よかった、伊月くんは来てくれた。」
「あの、来てくれたっていうのは。」
「いや、昨日の仕事見て、次の日から来ない人とかいるから。」
伊月は少しだけ、自分のトラブルを起こしたくないという性格を恨んだ。木下は会社の奥にある棚の前にいた。
「木下さんは何してるんですか。」
「昨日の仕事の内容を書いたから、ファイルに入れてるの。」
「あの、一つ気になってたんですけど、この仕事の依頼人の方って誰かの家族とかですか。」
「まぁ、多いのはそうだね。昨日の場合も家族からの依頼で。」
「亡くなった人の父親と母親とかですか。」
「いや、奥さんと娘さんから。」
「えっ、でも、昨日は。」
どうやら亡くなった方は離婚をしたが、一人の孤独に耐え切れずかなりの量の薬を服用していて精神的にも不安定で毎日のように泣いていたという。昨日、伊月と木下が見たのは男の幻想であるという事が分かった。
「昨日の男が言ってた、行くなって言うのは自分のもとから離れるなっていう事ですか。」
「そうじゃないかな。でも、それだけ奥さんや娘のことを思っていても、死んだら伝えれないんだから。」
死んだら伝えれないと言った木下の言葉に、昨日のことが重なり、伊月は木下から少し目線をそらした。
会社には続々と社員が出社してきていた。周りの伊月を見る目は昨日と変わらない。いや、伊月と木下二人への見る目と言った方がいいかもしれない。
「おい、木下。」伊月と木下はその声のする方を見て、木下は手を上げ返事をした。声をかけた男は、見た目は伊月と木下よりも少し年上の眼鏡をかけた男だった。
「君が伊月くん。初めまして、田島賢太です。木下とは同期なんだけど、年は俺が3つ上なんだよ。よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
「田島昨日いなかったよね。」
「いや、実はさ子供が熱出してさ。ずっと看病しててそれで。」
「そっか、大変だな。」
社長が出社したタイミングで、田島は社長のもとに駆け寄り離れていった。
「俺たちもそろそろ仕事場に行こう。昨日と同じように鍵を取ってきて。」
「分かりました。」
 午前9時45分、伊月と木下は昨日と同じ車に乗り、仕事現場へと出発した。
「木下さんは慣れたんですか。あの目線。」
「まぁ、他の人からしたら気味悪く思うのも分かるし、俺らと一緒にいたら不幸になるみたいに思うんじゃない。」
伊月は軽く笑いながら相槌を打ったが、木下が無意識に出した”俺ら”という言葉に伊月は少し傷ついた。
「それよりさ、伊月くん昨日はよく眠れた。」
「いや、あんまり。」
「まぁ、そうだよね。でも、慣れるしかないから。仕方ないだろうけど。」
「そうだ、田島さんって奥さんいないんですか。」
「いるけど、なんで。」
「いや、田島さんが会社休んでまで子供の面倒見るってことはシングルファザーとかなのかなって。」
「あー、そういうこと。実は、奥さん今妊娠中でもうすぐ子供生まれそうだから入院してるのよ。それで今の間は子供の面倒を田島が見てるっていう。」
「なるほど。」伊月は返事を返しながら、奥さんいないんですかというデリカシーのない質問をした自分を恥じた。
「でも、田島さんは普通に接してくれるから楽ですよね。」
「どうかなぁ。だって周りの人から絶対に言われてるよ。話さない方がいいって。それでも話してくるんだから、変な奴なんだろうね。」
木下は好意で話しかけてくれているであろう田島を、優しい人という認識ではなく変な人という認識なのだなと伊月は少し田島を不憫に思った。
「伊月くんってさ付き合ってる人いるの。」
「はい。」伊月は唐突な質問でアニメのように声が裏返ってしまった。
「いないですけど。何でですか。」
「じゃあ、付き合ったことある。」
「ありますけど。」

 今まで人と関わることを避けてきた伊月だが、波風を立てたり誰かを傷つけるのも嫌な性格から、来る者は拒まずの状態で高校時代によく知らない同じクラスの伊月と同じくらい地味だった女の子から帰り道に家の前で告白を受けて付き合ったことがある。
「伊月耕太さん、私伊月さんの雰囲気が好きでよかったら付き合ってもらいたいです。」
「えーっと、いいですよ。」
「ほんとですか。」
「まぁ、そのよくは知らないですけど、付き合ったらお互いのこと知れると思うんでいいですよ。」
「告白受けてもらってありがとうございます。あの、私の名前分かります。」
「神室渚さんですよね。」
「そうです。伊月さんってあんまり人に興味なさそうなんで知らないかと思ってました。」
「いや、一応クラスの人の名前ぐらいは覚えておかないと。・・・一緒に帰ります。」
「あっ、でも、伊月さんの家の前ですよね。すいません、私知らないで、誰もいないときに告白しようと思ったら家の方まで来てしまって。」
「全然大丈夫ですよ。家は近くですか。」
「家は電車に乗らないとだめで。でも、一緒に帰ってるところとか見られたらクラスの人とかに変な目で見られそうで。」
「じゃあ、そこの公園で少し話して。時間つぶしてから駅の方まで送ります。この辺はうちの学校の人通らないんで。」
「お気遣いありがとうございます。」
その公園で伊月と神室はお互いの出生や幼少期やどうすればヤンチャな人たちに目を付けられないかなどを話した。
伊月はこの時”どういう話をしたら満足するんだろう”と
神室はこの時”どうすれば自分のしたい話に持っていけるんだろう”と
それでもお互い自分のことを知ろうとしてくれていると思い、そこから仲良くなっていった。
 二人の初デートは映画であった。お互い映画はそれなりに好きだったことから映画デートになったのだが、映画デートの意味をはき違えていたのか。お互い付き合っていることをクラスの人たちにばれたくないため、学校よりかなり遠い映画館に午前8時30分に待ち合わせをし、その映画館で朝から夕方までの間でぶっ通しで三本もの映画を見て、ファミレスで夕食を食べながら見た映画の感想を言い合うというものであった。
「神室さんが見たがっていた一本目の映画はかなり面白かったですね。」
「そうですか、よかったです。私が選んだ映画だったから面白いか分からなかったんですけど。伊月さんが選んでくださった三本目の映画も面白かったです。」
「そうですか。アクション系の映画だったんで、あんまり神室さんの趣味じゃないかなと思ったんですけどそれならよかったです。」
「でも、二本目は正直あんまりでした。」
「僕もです。予告見てたら面白そうだなって思ってたんですけどね。」
「・・・正直に言ってもらっていいですよ。」
「えっ。はい、言いましたよ。あんまりだなって。」
「私の選んだ映画です。ほんとに面白かったですか。」
「正直言うと、あんまり歴史が得意じゃなくて、史実に基づいた映画だったので歴史知ってたらもっと面白かったのかなとは思いました。」
「そうだったんですね、私が歴史好きだから選んじゃって。ごめんなさい。」
「いや、でも基本的には面白かったんで。」
伊月は正直なことを言ったせいで神室が嫌な気持ちになったのではないかと思い黙ってしまった。そこから伊月と神室は無言のまま料理を食べ終え、会計を済ませて、いやな空気のまま二人で帰路を歩いた。少し早歩きで神室は前を歩いていた。
「あの・・・神室さん、今度の歴史のテスト勉強手伝ってくれないですか。神室さんの苦手な教科、僕が得意なら教えるんで。」
神室は小走りで伊月に近づいた。
「私は現代文と化学が苦手なのでどちらか教えてもらえればうれしいです。さっきは正直に言うって下さったのに嫌な気にさせちゃってすいません。」
まくしたてるように神室は早口で伊月に伝えた。
「神室さんは、嫌な気になりませんでしたか。僕が正直に言って。」
「私は全然嫌な気になんてなってないです。むしろ私のエゴを押し付けた形になっちゃったかなと思って。」
「大丈夫ですよ。じゃあ、一緒に帰りましょうか。」
その後何度もデートを重ねていき、二人の関係はどんどん親密になっていった。付き合いだして1年半が経とうとしていた時、二人の別れは突然やってきた。学校の帰りに喫茶店でよく話をしていた二人は、この日も喫茶店で他愛のない話をしていた。
「あのさ、伊月くん。今度行きたい場所とかしたいこととかある。」
「遊園地とかはどうかな。神室さんが、絶叫系とか好きなら行きたいかな。」
「伊月くんは絶叫系好きなの。」
「いや、あんまり行ったことないから。自分では分かんないけど。あっ、神室さんが嫌なら別のところを考えるね。」
「伊月くん、やっぱりごめん。今の話は無かったことにして。」神室はうつむきながら声を震わせ言った。
「ごめん、えーっと、じゃあイルミネーションの見えるところに行くのは」
「伊月くん、私から告白しておいていうのは嫌なんだけど。別れませんか、私たち。」
「えっ、なんで急に。」
「伊月くんは、いつまで私に気を遣うの。彼女なんだよ、私。私に嫌な思いさせたくないのは分かるし、そういうところが好きなんだけど。でも、いつまで私のこと他人行儀な呼び方で呼ぶの。」
「ごめん、そんなつもりなくって。」
「私にぐらいわがままとか言ってみてよ、ここに行きたいとかあそこ行きたいとか。こんなんじゃ私、伊月くんのことなんも知れないじゃん。」
神室はうつむきながらだが、伊月が今まで聞いたことのないくらいの声で言った。伊月は呆気にとられていた。何をどんなことを返したら神室は傷つかないのか。ただ、伊月も分かっていた。今必要な言葉は、神室と正直に向き合うことで忖度も一切しないことであると、伊月はどんな言葉を返せばいいのか分からなくなった。伊月は神室がこんなにも自分を好きでいてくれていたことを知り、だが同時に自分が神室に対してそこまでの愛情を持っていないことにもこの時気付いてしまった。伊月は涙をこぼしながら思わず口が動いてしまった。
「ごめん、分かんないや・・・。君にどう接すればいいのか分かんないや。」
その言葉を聞いた神室は、お金だけをテーブルに置き、店を出て行ってしまった。その後、卒業まで二人は会話もすることなく、伊月の恋愛は終わってしまった。

 木下は伊月の恋愛話を聞き、求めてもいなかったのに結論を伊月に出した。
「そりゃ、彼女の方は傷ついちゃうよ。伊月くんが悪いよ。」
「今になれば分かりますけど、悪いことしたなと思ってますよ。」
「だって、謝りもせずに連絡もしないで。」
だんだん木下が周りに取り巻きでいてる女子のように思えてきた伊月は、話を直ちに切り替えた。
「それより、今日の現場はどんなところですか。」
「今日は二階建てのアパートの一階の部屋で19歳の女性が亡くなった。」
「19歳の子が。」
「まぁ、たまにあるのよ。若い人が亡くなるときは辛いんだよね。」
ほどなくして車は現場のアパートに着いた。
二人は家の扉を開け、中へと入っていく。
部屋はワンルームで、玄関からすでに家の全体が見えるほどの大きさの部屋であった。木造ではあるもののリノベーションされているのかきれいな部屋であった。二人は玄関から少し前へと進むと玄関のドアノブが動いた音で後ろを振り返った。
「おい里穂。お前、どこ行ってたんだよ昨日。何で連絡すぐよこさねぇんだよ。」
怒鳴りながら部屋に入ってきたのは、かなり大柄で作業着を着た男。その男の歩いていく方を二人が見ると、そこにはジャージ姿で床に座っている女がいた。男は女と対面するような形で座って話を聞く体制をとった。
「ごめんね、ゆうくん。心配させちゃって。」
「いいか、里穂。お前の体は、もうお前一人の体じゃないんだよ。お腹の中には赤ちゃんがいて、ただでさえお前危うい時あるんだから。俺が連絡したらすぐに連絡返して来いよ。」
「ごめんね、ゆうくん。でも、もう大丈夫だから。」
「それならいいけど。」
「今日仕事は。」
「さっき終わったところ。」
「ねぇねぇ、ゆうくん聞いて。」
「なんだよ。」
「私ね、赤ちゃん堕ろしたよ。」
その一言を聞き、木下と伊月は目を合わせた。
「なに言ってんだよ里穂。そんな事冗談でも言うな。」
「ほんとだよ。昨日夜中に公園のトイレで。」
「なんでそんなことしたんだよ。」
「ゆうくんが喜ぶからじゃん。」
さっきまで淡々と出来事を話していた女が、急に大きな声で男に詰め寄るように言った。
「ゆうくんが子ども出来たことに喜んだからじゃん。ゆうくんが好きなのは私でしょ。私と一緒にいるときよりも喜んでたじゃん。ゆうくん言ったよね、私が子ども出来たって伝えた時に二人を幸せにするって。私だけを幸せにしてほしいの。」
それを聞いた男はしばらく無言で女を見つめていた。次第に男は女に近づき女の首を絞め始めた。女はバタバタと足を動かし、男の手を払いのけようと抵抗しているが全く敵わない。
「俺、お前のこと好きなんだよ。好きだけど、もう分かんねぇよお前のこと。」
首を絞めている男の目には涙が浮かんでいた。次第にバタバタと動かしていた女の足の動きは止まり、抵抗していた手も上がることは無くなった。男が首から手を離すと、頭から床にドサッと横に倒れる女。男は動かなくなった女の胸倉をつかみ顔を近づけた。
「俺の幸せをぶっ壊すなよ。お前とお前との間にできた子供と暮らす幸せを、ぶち壊したのはお前なんだからな。」男は女に向かって叫ぶと、立ち上がりズボンのポケットから携帯電話を取り出し、どこかに電話し始めた。
「もしもし、人を殺しました。」
その言葉の後、伊月と木下の目の前から二人は消えた。伊月は昨日同様、緊張の糸が解けて立っていられなくなりその場に座り込んでしまった。木下は昨日とは違い、立っているものの胸の部分に手を当てギュッと握り苦しそうになっていた。
「大丈夫ですか、木下さん。」
「はぁ、うん大丈夫だよ。ただ、今まで見た中でもかなりしんどい話だったから。」
「戻りましょうか。」
「そうだね。」
木下と伊月は深呼吸をし、息を整えて部屋を後にした。
 二人は少し車で休憩をした。
「いや、あんな話聞かされるとは思わなかったよ。」
「そうですね、木下さん今回の依頼人の人は誰ですか。」
「女の子の方の両親からで、あの女の子は家出をしていたみたい。だから両親は殺した男を相当憎んでいる。もしかしたら、男の方に問題があって娘は殺されたとかを思っているんじゃないか。それが知りたくて依頼してきたんだろうな。」
「依頼人にはどうやって伝えるんですか。」
「正直に伝えるしかない。」
二人が話をしていると木下の電話が鳴った。電話の相手は田島であった。
「もしもし木下。今病院から電話があって、奥さんが子供生まれそうなんだって。」
「そうなんだ、よかったじゃん。」
「違うんだよ、これから病院に向かいたいんだけどさ、タクシーが捕まんなくて。いま会社の近くならこっちまで来て、病院まで送ってくんない。」
「今からだと15分ぐらいかかるけど。」
「それでもいいからすぐに来てよ。」
「分かった、分かった。すぐに行くから。」
木下はすぐに電話を切り、伊月に断りを入れて会社まで急いで戻った。15分後、会社の近くまで車で戻った二人は会社の前で待っていた田島を見つけた。田島は急いで車の後部座席に乗り、病院までの道順を木下に見せて向かってもらった。
「ありがとうな、木下。」
「いや、全然いいけど。まだ産まれてないの。」
「そう、もうすぐだから向かってくださいって連絡があって。伊月くんもごめんね、巻き込んじゃって。」
「あっ、いや、全然大丈夫ですよ。」
「そうだ、木下悪いんだけどさ。病院着いても待っといてくれないかな。俺もう一回会社戻って、ちょっと荷物とか持って帰らないとだめだからさ。」
「はぁ、荷物なんか俺らが着く前から持ってきとけよ。大体すぐに出産なんて終わらないだろ。何時間待たせるつもりなんだよ。」
「大丈夫だって、娘の出産のときだってすぐだったから。」
「それは娘が産まれるの早かっただけで、今回も早いとは限んないだろ。父親の前に旦那なんだから、奥さんのそばにいとけよ。荷物は俺が持っていくから病院に、それでいいだろ。」
「あぁ、そう。じゃあ、頼むな。」
伊月は木下の意外な一面を見た気がした。口では変わったやつだと田島のことを言った木下だが、やはり自分を頼ってくる田島に本当は嬉しいんだろうなと伊月は心の中でほくそ笑んだ。それに、さきほどの現場を見たせいか木下の口調がどこか強かったのも伊月は感じていた。
ほどなくして三人は病院へと着いた。田島は感謝を言いながら車を降り、出産を頑張っている妻の元へと向かった。二人はすぐに会社へと戻り、田島の荷物をまとめていると木下の電話にメッセージが届いた。そのメッセージは田島からであり、木下がメッセージを見るとそこには喜ぶ男の子のスタンプと赤ちゃんを抱く田島の妻とそのそばで田島に抱っこされている娘の4人の写真が送られてきた。
”出産に立ち会えたよ、ありがとう木下。伊月くんにも伝えといて”
木下は伊月にメッセージを見せて、二人で田島の元へと荷物を届けに車で病院へと向かった。
伊月にとって、今日ほど生と死を実感した日はなかっただろう。

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