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小説/おめでとう。卒業と、

卒業の季節、イコール絶望。
卒業式って何だろう。結局一度も参加してないから分かんない。ただ通う場所が変わるだけで、毎日やることは変わらないじゃん。
一体なにから卒業すんの。一体なにが おめでとう なの。

新宿に向かう夜行バスの、カーテンをそっと開けて外を覗く。
景色は真っ暗で何も見えない。こんなド田舎だからダメなんだ。腐った人間ばっかりだ。
すれ違うヘッドライトの数も多くはない。こんな時間だもんね。
もうすぐ日が変わる。
私の誕生日がやってくる。

そう思うと、吐き気がする。
私はカーテンをそっと閉めて冷たい窓にもたれかかった。


きっかけは小学校5年。
初めてできた「仲良しグループ」。4人順番に誕生日パーティを開いて祝った。最後は3月が誕生日の私のためのパーティ。初めての主役。

あの日はたしか金曜だった。何かの理由で学校がたまたま早く終わった日。
ママは朝からケーキを焼いた。
友達はルール通り百均で買ったプレゼントを持ってきた。

KARAが好きだの、モー娘。が好きだの言いながら、でも最後はフライングゲットをみんなで歌って盛り上がった。
予定よりちょっと早くパーティはお開きになってみんな帰った。
ママがケータイで撮影してくれた写真は、みんなが帰ったあとにパパのプリンタで印刷してもらった。

そして週が明けた月曜日。
「金曜日はめっちゃ楽しかったね」
ランドセルから笑顔でうつった写真を取り出すと別グループのA香えいかたちが言ってきた。

「うそでしょけいちゃん。不謹慎にもほどがあるよ」
Uゆう子のお祖母ちゃん、まだ連絡とれないんだよ」
「恥ずかしくないの。自粛しなよ」

私たちがフライングゲット歌った2時46分、日本のすべてが変わったんだ。
テレビで見たからもちろん知ってた。パパもママも普通じゃなかった。
だけど私にはどうすることもできないし、U子のおばあちゃんなんて誰も会ったこともないくせに。
だけど、泣いてるU子を取り囲んで、私を睨むみんなの視線は今も焼き付いて忘れられない。

私が美味しいケーキを頬張っていた時、
Happybirthdayの曲を流してプレゼントを開けていた時、
「おめでとう」って言われて照れ笑いを返していた時、

私がいつもより多く幸せだったぶん。
代わりの誰かがいつもより酷い絶望の中にいた。

それは、本当にごめんなさい。



リュックのポケットに入っていたスマホが振動したから、つまらない思い出はいったん車道にポイ捨てする。
Zから《どう?》というメッセージ。
《予定通りの夜行バスに乗ってる》
《了解。新宿ついたら連絡して》
《うん》
アプリを閉じるとホーム画面のLINEのアイコンが目に入る。未読の赤い数字がまた増えてる。
でも今アプリを開いて未読を読んだら予定通りにことが運ばないんじゃないかと思う。もう絶対私の気持ちは変わらないって思ってるけど。それでも私は意志が弱いから。だからZの言う通り、LINEは見ないでおこうと思う。
私はスマホを再び仕舞った。

あの一年後の3月。
私は急に学校に行けなくなった。
卒業式だけは来なよって先生に言われたけど玄関で足が竦んだ。卒業おめでとうとみんなが言う。なんで卒業はおめでとうなの。なんでそれは許されるの。私の誕生日おめでとうは、絶対に許されないのに。
そんなこと口が裂けても言えなくて、せっかく綺麗に編んでもらった髪型も、中学校のブレザーに合わせた赤いチェックのスカートも。誰にも見せずに3月が終わった。

中学生になったら気持ちを切り替えて頑張ろうと思った。そして実際がんばった。だけどまた季節は巡り、冬が来て、年が明けたら同じだった。

また春が来る。春になると繰り返す。

あのとき、笑ってごめんなさい。
あの日、楽しんでごめんなさい。
あの日に産まれてごめんなさい。
ちっとも「おめでたく」なんてありません。
ごめんなさい。
ごめんなさい。

何度も何度もノートに書いて。毎年誰かの許しを請うた。誰に? 分からない。誰が怒っているの。誰が望んでいるの。私の無意味な謝罪を。私のちっぽけな後悔を。
つまんない私が、まだ元気に生きていることを。

《高校は?》
Zは何でも話を聞いてくれた。
《テーヘンのガッコ》
《いじめるやつらいた?》
《むしろ、そんなやつしかいないw》
イジメにあうのは誕生日のせいじゃなかったんだって気づいたときには遅かった。学校に行けなくなって。中学と違って退学するしかなくて。
何もすることがない家の中で、ただ毎日24時間、無駄に息を吸い続けてきた。
あのとき生きられなかった誰かの代わりに。
ただただ無駄に生きていた。
ほんとうに、ごめんなさい。

《一緒に誕生日を呪おうか》
誕生日を祝おうと言ってくれる人が、家族以外に存在すると思わなかった。家族だって大袈裟に祝おうとはしない。中学の頃、誕生日が近づくと私がさんざん暴れたから。
「なんでこんな日に産んだんだよ」「お前らのせいだよ」
そのやりとりは毎年、誰も悪くないんだと父親に殴られて終わる。誰も悪くないのになんで私が殴られる? 未だによく分かんない。
でも、そろそろ祝ってもらってもいいんじゃないかな。
はやる気持ちをおさえながら、その文字をもう一度読み返す。
――のろおうか
ウケる。私、ほんとバカ。祝うつもりはなかったね。そうだね、でもずっと私は呪ってきた。もう呪いあきたよ。そんな感情とっくに捨てた。
《わたし誕生日ないから》
《ふたりで最後のパーティしよう》
《騒いだらダメ。静かに祈りを捧げる日だから》
《じゃあ君に祈りを捧げる》

Zの吐く文字で腑に落ちた。
最後のパーティ? 私が祈りを捧げられる日?
それもいいかもしれない。それが正しい過ごし方なのかもしれない。なんで今まで気づかなかったんだろう。
これでやっと無駄な時間を生きなくて済む。

《新宿のホテルと静かな山中、どっちが君にふさわしい?》
私は、自分にまったく相応しくない《新宿》を選んでバスに乗った。

スマホの時計を確認する。メッセージじゃない。時計を見ただけ。
時間は0時を35分も過ぎていた。
0時を過ぎたらZからメッセージが来るんじゃないかと少し期待していた自分がいて笑う。
誕生日、おめでとうって。
誰からも来るわけないじゃん。めでたくないんだから。私ってば、ほんとバカ。

バスの窓にバカな女の顔が映らないよう、カーテンをぴっちり閉めてため息をつく。少し、眠くなってきた。

2度目のサービスエリアにバスが止まった。アナウンスの声も小さかったけど雰囲気で気づいて目が覚める。
スマホで時計を確認するけど、Zからのメッセージも特にない。
LINEの数字は少し増えてた。

エンジン音だけが小さく唸り続けている。

数人がバスから降りて静かな車内。SAもひとけがなくてすごく静か。月が煌々と光ってる。
少し気分があがった私は、バスの座席で自分からZにメッセージを送ってみる。
《24歳になった》
少し前のほうの席で、ブッブッという受信音がした。
真ん中の列に座っている男の人が、その音で目が覚めたのか少し姿勢を正してスマホを触る。親指をせわしなく動かして、そしてまたシートにぐったりと身を沈めると私のスマホが振動する。
《いよいよだね》
あまりのタイミングに、真ん中の列に座っているあの人がもしかしてZだったりして、なんて想像して鼻で笑う。
そんなわけない。Zは新宿で私のことを待つって言ってた。
いや、でもZも新宿に向かっているのかもしれない。
あの人がZで、私が「静かな山中」を選んでたら時間を無駄にしなくて済んだのに。とっくに「こと」が終わってたかも。
いや、でも、本当に、あの人がZ?

それを試してみようと思って《うしろ、振り返ってみて》という文字を入力してみた。送信するのをちょっと躊躇う。

――振り返ったらゲームオーバー

バスに乗る前の待合室に、そんなことが書かれた紙が置いてあったことを思い出した。誰かのいたずらみたいな紙。
もし、このメッセージをZに送って、あの人が振り返ったら。
ゲームオーバーにしてもいい、かな。
そんな気持ちが少しだけ胸の奥に渦巻いた。

だって、あの人ぜんぜんタイプじゃないから。
あんな人と人生最後を過ごすのいやだ。アイコンと全然イメージ違うじゃん。

ゲームオーバー、してもいいよね。
指先に祈りを込めて送信する。

真ん中の男が再びビクっと体を動かす。そしてほんのちょっと。角度で言えばほんの25度くらい。左右に首を回す。背後の席を伺うように。
あれは「振り返った」と言えるのかな。
私はじぃっと男の人を観察しながら、でもその視界に私が入らないように少し体を窓際に寄せる。

その時、ゴトッと音がした。
その男の人の荷物が床に落ち、慌ててそれを拾い上げる。黒い何か鉄の塊を手に取った瞬間に、その低い位置から男が後ろを振り返る。

その時、完全に目が合った。

顔はよく分からない。
だけどフードの下から覗いた鋭い二つの瞳が私を捕えて確実に私の何かを奪って身動きがとれない。

怖い。

床につけた足元から背中、肩と何かが一気に駆け上った。全身の毛が逆立つほどの寒気が襲う。はじめての森で見たことのない野生の生き物に出くわしたような。怒りに満ちた世の中全てのものに向けた敵意のかたまりのような。お前は嘘つきだと責められているような。お前は弱い人間だと全てを見透かされているような。

そんな真っ赤に血走った目から、私は顔を背けられない。

怖い。

プシュゥ
空気が抜けるような音がしてバスのドアがゆっくり閉まった。小さなアナウンスの声と共にそっとバスが動き出す。

やっと目を離してカーテンの柄を見つめていても動悸がなかなか静まらない。
あの男が立ち上がって近づいてくる気がしてたまらない。
ゲームオーバーなんて許さないと責めてくる。嫌ならここで殺ると、その手を伸ばして落としたアレを私の額に突き付けてくる。
汗ばんだ掌をぎゅっと握る。震える手が抑えられない。
怖い。
怖い。
怖い。助けて。お母さん。

理由のわからない涙が溢れる。
意味のない、無駄な時間を過ごした部屋の、階下にはいつも母がいた。
家に誰かいると部屋から出ることができなかった。こんな私が家にいて申し訳なくて。息をひそめて静かに過ごした。いつも母が買い物に出かけたすきにトイレとシャワーと食事を済ませた。母はあえて毎日、何度も出かけた。私に声をかけて。何時まで出かけるか伝えて。
そして必ず、帰ってきた。
だから私は安心して生きてこられた。
ごめんなさい。
帰りたい。
何も言わずに家を出てきてごめんなさい。
だから、だから助けて。ごめんなさい。
帰りたい。

震える指でLINEを開く。
未読の赤い数字は、ほとんどが母だった。
《どこに行ったの。連絡ください》
《いまどこなの。いつ帰る?》
《牛丼作ったよ。でも明日はごちそうにするからね》
なんどもなんども《連絡まってる》の文字。
そして0時を過ぎて別の文字。
《お誕生日、おめでとう》
《24年前の今日、あなたが無事にうまれてくれてよかった》
《ありがとうね》
誰かの目が覚めてしまわないよう、ハンドタオルで口を塞ぎ、私は必死に嗚咽を堪えた。

バスのカーテンをそっと開けると、高層ビルがいくつも目に入った。その隙間から差し込む日差しが美しい。
朝日なんて久しぶりだ。
私は腫れてる気がする目を擦って忘れ物がないか確認する。
そしてバスタ新宿に到着すると、私は真っ先にバスを降りた。あの男から逃げるように。
そして「JR」と書かれた矢印に向かって走る。
初めてきた場所。右も左も分からないのに自信を持って走り出す。
再びバスで戻るより電車を使った方が全然早い。
戻らないつもりで乗ったバスなのに。帰り方も調べてたなんて自分でも笑ってしまうけど。
私は本当にバカだ。だけど今回だけは間違いじゃない。
エスカレーターを駆けおりる。

はじめての新宿。今度は家族旅行で絶対に来よう。あの家の、二階から階段を駆けおりて。お母さん一緒に出掛けようって、私が手をひいて外に出る。

つまんない呪縛から卒業したい。
初めての卒業式、やってもいいよね。

止まっていた誕生日を迎えたい。

おめでとうって言ってくれる?


(了)

シロクマ的には遅刻でしたが、夜行バスには間に合いました。
4Bの人の話ではないのですけど…とりあえず今日のところはこれで堪忍。あまり他の方の作品とも絡めず。。
「振り返ったらゲームオーバー」って、あれれ? どなたの作品だったかな~。どこかで見ましたよ。

追記:
朝になって読み返すと、夜中に書いたラブレターみたいで。。なんとも稚拙な感情を書き殴っておりました。この子は小学5年生からあんまり成長していないってことで。これからちゃんと大人になります。

ほんの少し書き換えましたが、これはこれで、納めておきます。
お読みいただき、ありがとうございました。



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