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邪魔なら消してしまいましょうか【後編④】

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翌朝、私はリビングの暖炉の上に飾られている父の肖像画を見上げながら、膝の上でノートPCの画面を開いた。

ここで続きを書くのがピッタリだわ。

数年前に描いてもらった、少し若い父。どうせなら家族の肖像画を描いてもらおうって発想はなかったのかしら。父にとって、私たちなんて所詮そんな程度の存在。だったら、相続のことは弁護士に一任でもすればよかったじゃない。私たちにわざわざ決めさせるなんて絶対もめることを想像して楽しんでいるに違いない。
年老いた父が、ひとりほくそ笑んでいる顔を想像して、げぇ、とくちを顰めた。

それにしても、清々しい朝。
窓の外は少し霧がかかっているけど、この別荘でゆっくり小説を書くのもいいなと思う。都会じゃないと刺激が足りないと思っていたけど、普段は気づかない景色や音に触れると考えたこともなかったミステリーのネタが沢山生まれそう。ううん。すでにいいアイデアはいくつも生まれてる。

でもやっぱり、ちょっと不便か。ここまでウーバーも来てくれないだろうし、ちょっとした買い物や打合せも一日がかりになってしまう。必要があれば編集者もケータリングも飛んできてくれるような……もっと大物になってからじゃないと成り立たないわね。

だからやっぱり、今の私には実家の土地か、あの土地を売ったお金が必要なのよ。もちろん現金500万も。

シジュウカラのような可愛らしい鳥が庭の木にとまって鳴いている。この山には、あの鳥たちと私しか存在しないんじゃないかしらと思うくらい静か。
誰かが活動している気配は、全くない。

亜美、樹、そして桜花。

想定外の騒動が続いてどうなることかと思ったけど、お陰で良い方に転んだ。
「ふふ」
思っていたより順調にことが運びそうな予感がして、思わず声をだして笑ってしまった。
私はキーボードを軽快に叩く。
今回の小説の読者は少ないけど、必ず感動してくれるはずよ。ここからの展開は……。

「ご機嫌だね」
突然、低い声がして慌てて振り返った。
「瑛介。驚かせないで。いつからいたの?」
「今降りてきたところだよ。驚かすつもりはなかったけど」

私は背筋を伸ばし、ノートPCの画面を閉じて瑛介に向き合った。
あとは、瑛介だけ。

昨日、あんなに樹に敵意を剥きだしていた瑛介のことだから慎重にすすめないと。

「ちょっと話をしない?」
「もちろん。そのつもりで早く起きた」
瑛介は向かいのソファに座り、電子タバコを胸ポケットから取り出した。

「あなたの力になりたいの」
瑛介は一瞬手を止めて私を見た。
「俺? 樹にいさんじゃなくて?」
私はその質問には答えず、間をおいて尋ねた。
「昨晩、樹にいさんがどこに居たか知ってるでしょ?」
瑛介はその質問には答えず、煙を横に向けて吐き出した。瑛介の本心はどうなんだろう。まずは聞かないと分からない。

瑛介は電子タバコを見つめ、暫く考え込んだ後、私を正面から見つめて言った。

「海香ちゃんは、どう思う?」

質問で返されるとは思わなかった。瑛介も私の出方を探っているのかもしれない。ここで間違えたら計画がすべておじゃんになってしまう。
私は唇をそっと噛んで瑛介を見つめた。

瑛介の「感覚」はきっと私と同じ。私たち全員、小さなころからずっと一緒に生活してきた「きょうだい」なんだから。
だけど、二人だけでその気持ちを共有して計画を練っても上手くゆくとは思えない。私は目を伏せて巡らせた。

考えて。考えて。瑛介の立場を。

そう。今の状況を考えたらやむを得ない、はず。
樹が長男で、内科医。
父の病院を継いで病院長になれる手腕があるかどうかはさておき、重要ポストに就かないわけがない。今は勤務医としてがむしゃらに働いているみたいだけど、離婚してから余計に父の病院を継いで楽したいと思っているはずよ。だから、同じ座を狙っている瑛介への敵意も強くなっていった。それを瑛介も分かっている。だから……。

私は目を開いた。

だから、桜花が焦らないわけはなかった。桜花は、自分自身のこともあるけど、瑛介のことも大好きで頼りにしている。ずっと仲の良かった兄妹だ。瑛介も同じだ。妹が大切。
最初にそのつもり・・・・・で近づいたのは、桜花の方だと思う。だけどいつの間にか、本気・・になってしまった。
二人とも。

「私は、樹にいさんと桜花ちゃんのこと、祝福しようと思う」
瑛介と桜花のプライドが傷つかないように続ける。
「樹にいさんは、桜花ちゃんのことを本気で幸せにしようと思っているわ」

瑛介は前かがみになっていた身体を逸らせ、ソファの背もたれに任せた。
「祝福……か」
「血の繋がりがないんだから、結婚できるんですってね」
「ああ。桜花から聞いた」
「お腹の赤ちゃんのことも?」
瑛介は鼻でふっと笑って頷き、電子タバコをまた吸い始めた。

「昨日、聞いて驚いたよ。思わず『俺は認めねぇ』って言っちゃったけど、二人の顔は本気だったもんな。だから、窓から落ちたって知った時はびっくりしたよ。ふたりの話し合いでお兄さんが突き落としたのかと思って」
そう言って少し笑った。
「桜花ちゃんは、自分で落ちてしまったって言ってたわ。妊娠してから貧血が酷いって。夜には樹にいさんともベタベタしてたから、本当なんだろうな、大丈夫そうだなって」
瑛介は電子タバコを口にくわえたまま、片方の唇の端をあげて何度も頷いた。
「俺も一晩考えて、三人で一緒に病院経営しようって覚悟を決めたよ」
瑛介は、ゆっくり煙を吐いた。

私はそれを聞いてほっとした。
瑛介は、私と二人で結託して樹を追い出そうだなんて思っていなかった。可愛い妹の気持ちを尊重し、現実的な道を選んだ。私の「祝福する」という方向性も間違ってなかったんだ。

瑛介の顔はすがすがしかった。三人とも病院経営に関わる。本当の家族として、仲睦まじく。それが一番平和だ。

話がまとまったところで、ちょうど二階から樹と桜花が降りてきた。
「おはよう」
「おはよう。桜花ちゃん、怪我の具合はどう?」
「大丈夫。ずっと樹さんが傍にいてくれたから。ぐっすり眠れたし」
桜花は年甲斐もなく、ぽっと顔を赤らめた。
今後のことを瑛介から聞いたわと伝えると、みんな顔が綻んだ気がした。昨日ここに着いたときは、妊娠したと分かってから初めて樹の顔を見たので、まともに目を合わせることができなかったという。ほんとに桜花は少女みたいに純真ね。だからてっきり、子供みたいに嫌いな人を無視しているのだと思ってしまったのだけど。

「でもお父さんは、みっともないって反対するに決まってる」
桜花がお腹に手を当てて拗ねたように言った。
「その前に、姉さんを何て説得しようか」
樹と瑛介が心配そうに顔を見合わせた。

「お姉ちゃんなら大丈夫よ」
私が自信を持って言うと、二人とも「根拠は?」と怪訝な顔をするので、胸を張って少し顎を突き上げた。

「昨晩、話を聞いたの。お義兄さんの会社は買収されるけど、息子の凱くんと新会社を立ち上げるんですって」
正確には話を聞いたのではなく勝手にメールを盗み見たのだが。
「え? 凱くんってまだ高校生でしょ?」
「うん。あ、ううん」
「どっち?」
「高校一年の時に自主退学してたんだって。その前から覆面ゲーマーとして賞金稼いだりして。でも今はクリエイターとしてお義兄さんの会社で頑張ってるみたいよ」
「そうなの?」
「そう。お姉ちゃんはお父さんに知られたくなくて、ずっとみんなにも隠してたみたい」
みんなが「分かる分かる」というように頷いた。
「でも、小さなころから凱くんは気管系が弱いでしょ。だから空気がきれいなところで暮らしたいって物件も探してたみたいで。ただ、軽井沢あたり、すごく高いって嘆いてて」
「軽井沢あたり……」
「そう」
私はゆっくりひとりずつ見つめ、「だ、か、ら」と言った。

「ちょっと、海香!」
亜美の突然の怒鳴り声に少し飛び上がった。私が話しているのを途中から聞いていたのかも。でもここで怯む必要はない。
「お姉ちゃん、ごめん! でも、これで全て解決するのよ」
私が手を合わせて叫ぶように言うと、樹も頷いて立ち上がった。
「俺もそう思う」
瑛介も桜花も、頷いた。状況を理解していないのは亜美だけだ。
「どういうことよ。まだ凱のことは父さんに知られたくないのよ」
亜美は両手で頭をガシャガシャ掻きながらソファにどかんと座った。

「姉さんの家族は、ここで暮らすといい。それを狙ってたんだろ?」
樹が優しい声で言うと、亜美は上目遣いでみんなを見た。
「でも……」
「俺と瑛介と桜花に、病院は任せて欲しい」
「は? 何言ってんの? いがみ合ってるあんたたちが」

樹と桜花の関係に全く気付いていなかった亜美に先程の話を三人が丁寧に説明した。最初は怒鳴り出さんばかりだった顔つきだった亜美も、口を開いたまま暫く無言で聞き入って、最後に大きく瞬きをした。

「び……っくりした」

一瞬の間を置いてキャハハと笑い出した亜美は「3人で病院を継ぐ。いいわね、それ」と何度も手を叩いて喜んだかと思うと、突然、隣に座る私に向かって「じゃ、あんたは?」と訊ねた。

「私?」

みんなが私を見た。そう。いまのところ私になんのメリットもない。
「私は……」
全員の顔を見回してから、にっこりと微笑んだ。
病院と別荘をあんたたちに渡すんだから、私は実家の土地を貰うに決まっているでしょ。心の声が漏れないように細心の注意を払って言葉を吐く。

「私は、きょうだいみんなが仲良くできれば、それが一番幸せなの」

穏やかな空気が部屋を包んだ。

「いつだって、きょうだいで助け合ってきたでしょ? 喧嘩することもあったけど、みんなで力を合わせたときは、何でも上手くいったじゃない。ほら、お隣さんのボヤ騒ぎの時とか、お母さんが入院してた時の家事とか、あと、桜花ちゃんが犬に追いかけられたときとか」
つまらない思い出だけど、それぞれが色々なことを思い出したようで、しかも私以外の4人の目的はもう達成できそうだったからか、満足げに微笑んだ。

いよいよクライマックスだと感じた私は、間髪入れずに続ける。
「私たち反発しあっていたのは、同じ性格だったから、なんじゃないかなって」
「磁石のおんなじ極みたいに?」
桜花が可愛らしいことを言うので「そうそう」と賛同した。
「だからね、結局みんな同じことを考えてると思ったの」
「同じこと……」
樹が呟いた。
「そう。お父さんは、私たちのお母さんが亡くなった翌年に再婚した」
「そうね。早かったわね」
亜美が頷く。
「お母さんがなくなってまだ一か月だけど、お父さんのことだから、またすぐ再婚しないとは限らない」
「俺もそう思ってた」
瑛介も身を乗り出して賛同した。
「結婚なんかされたら、お父さんの財産の半分は取られちゃう。病院を3人で経営したいって話も今すぐ叶うわけじゃないのに、桜花ちゃんのお腹は大きくなっちゃう。孫が高校中退でゲーム関連の仕事だなんて認める前に、お義兄さん会社も買収されちゃう」
みんなは黙って頷いた。

そう。私たちの思惑は、最初から同じだったはず。
そしてみんな、私に期待しているに違いない。

「さて。ここからが本題。きょうだい仲良く……」

私はノートPCの画面を開き「邪魔消し」の原稿を開く。誰かの生唾を飲み込む音が聞こえた。

「この小説通りに、お父さんを消しちゃわない?」

(完)


さわきゆりさん
素敵なきっかけをありがとうございました。
間取り図を目にした時点で、完全密室とか期待した方がほとんどだと思いますが、私はこんな感じしか書けません~。あしからず。
そして「前編」はどう考えても「起承転結」の「起」。同じ分量の「後編」だけで終わるはずもなく。長くなっちゃいました。
心残りは、管理人さんや1階の寝室が何も生かせなかったこと。まあ、そこまで盛り込んだら大変ですので、さっさと諦めました。
ですが、意外に短時間(数日)で、結構上手に書けたなと自分で思っております。
さわきさんが、もともとどのようなお話を書かれたのか(途中でやめてしまったのだとしたら、どのような予定だったのか)、いずれお聞きしたいです。
これから他の方の作品も読ませていただきます。すでに書かれている作品がありましたが、自分が載せるまで!と我慢してました。
もしかして、まんがいち…ラストが被ってないよなぁ、と祈りつつ。

さわきゆりさま
お読みくださったかたがた

ありがとうございました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。 サポートしていただいた分は、創作活動に励んでいらっしゃる他の方に還元します。