見出し画像

月の耳《#シロクマ文芸部》

月の耳がいちばんおいしいんだよ。
そう教えてくれたのは友香ちゃんだっけ。アンだったっけ。

小学校の夏休み、私と友香ちゃんは自転車に乗って公園で待ち合わせ。
水筒にぱんぱんの氷と麦茶をいれて、リュックにはハンカチを忘れずに。
歩いてくるアンと落ちあい、自転車を走らせて冒険の開始。

アンは走るのが早い。マラソン選手みたい。
川沿いをひたすら走る。
じりじり暑くなると、公園を見つけて木陰でやすむ。
「麦茶、つめたいよ。飲む?」
友香ちゃんの言葉にアンは首をふり、公園のぬるい水をがぶがぶ飲んだ。
また自転車を漕いで、まちなかも走る。
三人、同じ速さで。
三人、同じ気持ちで。

ママのお仕事が終わる三時頃、お腹が空いて我慢できない私たちは、リュックやポケットから、十円玉を取り出して数える。
私が4枚。友香ちゃんが5枚。アンが1枚。

「今日は三人で一個だね」

最近見つけた公園の向かいのパン屋さん。
一番奥の、目立たない低い位置にある、まんまるのクリームパン。
プレートに書かれた名前は「月」。

十円玉を並べて、一個だけ入った「月」のビニール袋を持って店を出る。
公園のベンチで、じゃんけん大会。
いつも一番に勝つアンは、いつも端っこをちぎって立ったまま食べる。
「このパンは、ハジッコがおいしいんだ」
小さな声で微笑むアン。
「パンのはじっこだから、耳だ。お月さまの、耳!」
友香ちゃんは、手で頭にうさぎのような耳を作って笑う。
「アンちゃん。クリームもすんごくおいしいよ」
私が言うと、アンは静かに首をふる。
「じゃあ、私も耳たべる!」
「ずるい! 私も耳たべたい!」
私と友香ちゃんは、笑いながら耳を齧る。
「クリームばっかり残っちゃった。次、アンの食べる番」
「こぼれるからひとくちで食べて」
そっと手を伸ばしたアンに、耳だけ齧られたパンを手渡す。

「見て!」

友香ちゃんが空を指さす。
「月が見えるよ。まだ昼なのに!」
「ほんとだ。半分かじられてる!」
ぎゃはは。

耳のない昼の月を見ながら、私たちはいつまでも笑い合った。
月を見上げているアンも笑ってるかな。

明日もまた、三人で冒険にでかけようね。

(了)

小牧幸助さんの企画に参加させてもらいました。
いつもありがとうございます。

先週は書けませんでした。
実は、この3人は今書いている長編の中に登場する子たちです。
先週書けなかったのは、長編の世界から出られなくて、他の話が考えられなかったからだと思います。
ならば、書いてる最中の人物で書けばいいじゃないか!ということで。なんとまぁ、それならスラスラ書けました。
でも、3人の雰囲気が伝わるかな。
長編、みなさまにも読んでいただきたいです。
(最後まで書き上げて冒頭を書き直しちゃうような書き方がクセなもので。ちょっとずつアップする……ができない。早く…早く終わらせたい……)


最後までお読みいただき、ありがとうございました。 サポートしていただいた分は、創作活動に励んでいらっしゃる他の方に還元します。