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街クジラ《#シロクマ文芸部》

「街クジラ、沢ガエル、あとは何だったかしら……」

お祖母ちゃんが番茶をすすりながら懐かしそうに言った。
私は、スマホを見るのをやめて耳を傾ける。

「昭和はね、携帯もスマホもなかったから待ち合わせで何時間も待つとか、結局会えないとか、普通にあったわよ。だから泣かないで」

それは昭和の話でしょうが。
令和の今日、渋谷で30分以上待たされて既読すら付かないのは何でなワケよ。泣くでしょうが。っていうか、なんなん。『まちくじら』『さわがえる』って。

「そういう時はね、駅の伝言板にメッセージを書くの。『次郎さんへ。9時まで待ちましたが、先に帰ります。末子』なんてね。ふふ」
なにそれ。駅の伝言板とか。昭和のリスク管理マジどうなってんの。

「でもね、誰かにバレたら困るから二人にしか分からない暗号を使うようになったの。『街クジラ』は、9時まで待つ。『沢ガエル』は、先に帰る」
「へぇ。母さんのエモい思い出ね」
私より先に、お祖母ちゃんの話に反応したのは、おせんべいに齧りついてるママだった。
「ママの頃はポケベルが主流だったわ。296194とか。奈江、意味わかる?」
私は首を横に振った。
「ブクロイクヨ。池袋に行くよって。でも彼の返事はいつも090か1871だったな」
「あら。陽子、それはどういう意味なの」
「090は『遅れる』。1871は『会えない』ってこと」
「おや、まぁ。ぴぇん、だわね」
今度はお祖母ちゃんが無理に変な言葉つかってる。

「だから元気だしなよ。奈江はかわちぃから、次、ワンチャンあるって」
「そうそう。奈江はてぇてぇなぁ」

「お祖母ちゃん、ママ……」
涙はすっかり乾いていた。
どうやらふたりが慰めてくれているってことは分かった。でも……。

「私が毎回フラレるのは、ふたりの血のせいじゃん? 『先カエル』とか『会えない』とか、結局すっぽかされてばっかじゃん!」
私は取れかけてたつけまを卓袱台にびたんと投げつけて言ってやった。

「あら、ほんと。それな」
「ちょえ。奈江が産まれたのも、すごい確率の奇跡ってことじゃないの」
「あーね。わかりみー」

「んもう! いい加減その喋り方やめてよ、恥ずかしい!」

ひとつの卓袱台を囲んだ笑い声は、お隣さんまで響く。
待田家の三人家族は今日も姦しい。

シロクマ文芸部に参加させていただきました。
部長、いつもありがとうございます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。 サポートしていただいた分は、創作活動に励んでいらっしゃる他の方に還元します。