懐かしさと死、ジブリとAKIRA、藤森照信と磯崎新、以下的外れな考察

論理的でない感覚に、都合の良い解釈を加えて、懐かしさと死について論じたい。的外れの弾が、モヤモヤを撃ち抜くこともあるかもしれないし。


ジブリ映画というのを僕はまともに見れたことがないのだけれど、それは幼少期からジブリにどこか怖い雰囲気を感じ取っていたからだった。他にも、電脳コイルとか怖かった。小さいながらの考察は「このアニメ達は空が曇っているからだ」と一応の結論らしいものを出した。そのうちにAKIRAってアニメを知っても、同様に見れなかった。


その後に建築について、たくさん考察することが趣味になるのだけれど、藤森照信の建築を研究するにあたり、何故ジブリが怖いのか?という命題に少し近づいた気がした。

それこそ、藤森照信建築は"まるでジブリ"というような謳い文句がつくことが多い。その独特の建築と、建築史研究者と建築家の二足の草鞋というのは人々の興味をひくのに充分だった。

だが、彼は建築学科を卒業してからは建築史研究者として活役し、デビュー作である神長官守矢史料館を設計するまでは、20年間設計に携わっていない。


何故、設計の道に進まなかったのか?それについて彼は、「設計も施工も現実のものである。現実と離れた歴史の世界へ」というようなことを書いている。現実と歴史を対比させ、現実的ではない歴史の世界(死んだ世界とも彼は表現するときがある)の方が彼の興味の対象だったからだとうかがえる。

しかし何故、彼の興味が非現実的な方向に向かったのか?それは学科生時代の読書体験が彼を非現実的な建築の世界へ誘ったのだと思われる。学生の頃、雑誌に載った磯崎新の建築論を読み、"死"や"廃墟"、"底知れぬ存在論的不安"を建築論的テーマとして扱っているのに衝撃を受け、学生時代に同級生とひらいた建築展では「磯崎新の発生図」なるものも発表している。しかし、当時の彼は、磯崎のように哲学的概念は建築では扱えないと結論を出す。彼は、そこから自分の"建築とはなにか"の思考がスタートしたと言う。


建築史家として、歴史的建造物の保全に関わるうちに、彼は"懐かしさ"という言葉に興味を覚える。それは一般の人が言う言葉で、歴史的価値、芸術的価値とは無関係なものだった。中でも、訪れたことのない場所にさえも"懐かしい"という概念が出現することに彼は興味をもった。そこで、こう仮説を立てる。

「"懐かしさ"とは過去の近傍にある未知である」


それから、彼はそれを建築的な手法に落とし込んだり、理論を構築するのだが、建築の話はもう飽きた頃だろうから、閑話休題、ジブリの話に戻ろうと思う。

もし建築論的な話が気になるのなら、建築とは何か: 藤森照信の言葉、藤森照信読本を読めば、こんな駄文よりも、彼の建築について多く学べると思う。


藤森照信の仮説、「"懐かしさ"とは過去の近傍にある未知である」というのは"何故、ジブリが怖いのか"という疑問を解くのに非常に有効に思える。"懐かしさ"の対象は連続性を持っているようで、非連続的なものなのである。即ち、生から見た死と同様である。ジブリというのは、"懐かしさ"という手法を使って、これらの存在論的恐怖を描くことに成功しているとも言える。ここでAKIRAというアニメはどうだろう?それは廃墟、死、ディストピアという概念を直接アニメで描いている。ジブリを藤森照信的とすれば、AKIRAは磯崎新的だと言えるのではないか?"懐かしさ"という概念を用いるか否かの違いながら、その二つとも、超越的な概念を垣間見ることに成功していると思える。

ここで筆者の矮小な主観の話に戻るが、僕にとってジブリやAKIRAは恐怖の対象であるが、藤森照信や磯崎新の建築はそうではない。メディアの違いが、どうにかこうにか恐怖に作用しているのではないかと仮説をたてても良かろう。まぁ、建築と映像では、自分の存在と地続きである建築の方が、より連続的であり、死から遠い、と考えるのが無難であるか。アニメ表現の射程たるや恐ろしや。


しかし、地続きの連続性の上に、非現実的なテーマを展開してしまう磯崎新も藤森照信も恐ろしい。言ってなかったが、僕は磯崎新と彼が世界に与えた影響を調べるのが趣味である。したがってこの論は、僕の主観によって湾曲され、ものごとは磯崎新に向かって重力がかかっているかもしれない。でも、まぁ仮説としては、こんなものがあっても許されない世の中じゃあるまいし。


磯崎新の訃報は、僕に多くの考えることを中断させ、再開させた。僕には、ジョルジュ・バタイユや坂口安吾、バックミンスター・フラーのように彼も独自の人類救済計画を進める人に見えました。大きな存在を失ったことをなんと言えばいいか。

どうか、その彼方で、安らかに。

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