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【掌編小説】夜の公園で見たもの

(あらすじ)夜の公園で出くわしたものについて、物語風にしてみました。


寝静まった初夏の夜、車内でウィンカーが響いて聞こえる。
右折して山頂に繋がる道を登り、高くなるに連れて高揚していった。何度かカーブを越えると山道が開け、盆地の夜景が広がる。

夏は猛暑、冬は極寒の四方山々に囲まれたこの土地を好きにはなれないが、目の前に映る夜景は綺麗だと思える。

ゴールデンウイークさなか、公園の駐車場には県外ナンバーが数台停まり、家族連れが寝床をつくる準備をしている。県外から来て車中泊するにはこの上ない場所だ。

すげー、と声を漏らす和樹の横顔を見て連れてきてよかったと思った。長野県出身で地元には戻らず、そのままこっちの不動産会社に就職した彼とは大学からの付き合いだ。暇を持て余す大学生活をバカになって謳歌してきたが、そういえばここに彼と来るのは初めてだった。

少し進むと照明は薄っすらと闇に伸び、先ほど足を止めていた場所のような明るさはなくなっていった。遠くで家族の笑い声や恋人の話し声がするが、姿は見えなかった。声がするのみで、うすら寒くなり、後ろの和樹に明るく声をかける。

「なんか夜の公園ってテンション上がるよな。」
「確かに。いやらしい声とか聞こえたりして。」
「はは、それ興奮する~。」

笑いながら前を見ると、目をとめた。

鳥肌が立ち、体温と血の気が引いていく。

芝生の上を黒い体躯がのっそりと動いている。体長2メートルはある巨大な生物。

和樹も足を止めて息を潜めた。

熊か?いや、まさかこんなところに。鹿にしては大きすぎる。

生物は芝を食むように首を伸ばし、地面で何かを探っている。逃げるぞ、と和樹の腕を掴もうと横を見ると、彼はゆっくりと歩み出ていた。ばか、とつい声を漏らした。

生物の黒い影がこちらに向き直り、視線を感じる。

何者かも、どんな表情かもわからないがこちらを見ている。生物はゆっくりと片足を浮かせた。咄嗟に和樹と芝生を下っていく。息を切らしながら転ばぬように人のいる広場を目指し、全力で駆けた。

あんな巨大な体躯が猛進してきたらと考えるだけで恐ろしい。人間の声が近くで聞こえるようになり、息をついた。広場には何事もなく子供と遊ぶ大人や夜景を眺める恋人の姿があるだけだった。

車に乗り込み、夜道を下っていく。夜景として映し出されていた下界を目指しながら俺は口を開いた。

「イノシシだったよな。」
「真夜中にあんなでかいのいたからびっくりした~。」
「てか和樹、お前近づくなんて危険すぎだろ!」
「悪い悪い~、よかった無事戻って来れて。なんか主って感じだったな。」
「ヌシ?」
「そう。この山の主なんだよ、あのイノシシ。本当は人間が住み着く前は動物たちのものだったのにな。」
「確かに。俺たちの方がよっぽど邪魔者か。」
「ゴールデンウイーク一番のネタができたな。あー、なんか腹減ってきたわ、どっかで飯食おうぜ。」

そう言って二人はラーメン屋を探すことにした。

目の前に広がる灯りに吸い込まれていきながら、先ほどの出来事が遠ざかっていく。車窓の明かりを切り抜いた最終電車のシルエットが街を抜けていった。

いつもの場所はいつもと違う場所のようで、不思議な気持ちに満ちていた。

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