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【短編小説】ブルーベールに集う(9)

 小さな瞳から透明な涙が溢れ、鼻と頬を赤くして泣いているのは、まぎれもない、面影を残した幼い頃の亜耶だ。

 海面に座り込み、項垂れる亜耶の腕を掴むが、振り解かれる。
  
 先ほどまでの輝きが薄れはじめ、前を見ると海に伸びる光がだんだんと小さくなっている。
 
 少女の体を無理やり引き剥がすように持ち上げ、左腕で抱えて走った。腕の中で暴れながら亜耶は泣き続けるが、離さないようにぐっと力を込める。

 何が何でも帰らなければ―。
 
 光の中に入ろうとすると、滝のように流れ落ちていく割かれた断面に足元を奪われ、よろける。咄嗟に、宙に浮かぶ光の扉へと亜耶を放り込んだ。

「くそっ!」

 傾きながら手を伸ばした。光の中で亜耶が身を乗り出し、その右手を掴んだ。扉は徐々に狭まり、亜耶の姿も隠れていく。少女は必死に力を込め、両手で引き上げようとする。
 
 微かに体が上がった瞬間、左手を伸ばして光の淵を掴む。ちぎれそうになりながら、その腕で全身を押し上げる。浮いた瞬間、右腕からするすると吸い込まれ、光の中を流れていった。

*****
 重い瞼をゆっくりと持ち上げる。ぼやけていた視界はやがてはっきりと映り、突っ伏していたカウンターの先でボトルが静かに並んでいる。

 ぼんやりと棚を見つめていると、肩から何かが舞い落ち、柔らかな細い毛のようなものを指先で触れた。白い羽根は手の平できらきらと光っている。慌てて胸ポケットの中身を確かめる。しわくちゃになった箱を手に取り、中を覗くとリトルシガーが二本。
 
 音を立てて、立ち上がった。飲み干した二つのグラスが置かれたその横で小さな頭をうずめる亜耶がいる。

「おい、亜耶。起きろよ。亜耶!」

 肩を揺らすと亜耶はゆっくりと顔を上げ、目を半開きにしながら想を見つめた。泣きはらした顔は化粧が剝がれ落ち、ほとんど素顔に近い。

「あれ、ここは・・・?」
「阿佐ヶ谷のブルーベールだ。戻ってきたんだ。」
「・・・。」
「大丈夫か?」
「懐かしい場所にいたのに・・・。戻りたくなかった。」

 亜耶は俯きながら消え入りそうな声で言った。想は怒りがこみ上げ、両肩を激しく掴んだ。

 「お前、何言ってんだよ。まじで危なかったんだぞ。戻ってこなくていいって・・っ。」
 
 亜耶の表情に、出てくる言葉を飲み込んだ。

「あの世界にいた子供のままなの。何かが変わったり、失ったりすることをただ見つめることしかできない子供なんだよ、わたしは。」

そう言ってから亜耶は打ち明けはじめた。

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