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【短編小説】ブルーベールに集う(6)

 朝焼けとともに昇る太陽はやがて西へと傾きながら海を染め、静かな夜を迎える。そして再び広がる青空を見つめながら、ぼんやりと途方にくれていた。

 さすがに飽きていた。起き上がり、あぐらをかいて胸ポケットから古びた茶色の箱を取り出し、リトルシガーに火を点ける。口に広がる苦味はだんだんとカフェラテのような味となり、口の中に煙をためてからゆっくりと燻らせた。

 高円寺のシーシャバーで働いていた頃を思い出した。フルーツやスパイスの様々な香りが薄暗い中に充満し、ワールドミュージックが流れていた独特な店内。

 持て余すには丁度いいかぁ、と自然と浮かびあがる記憶について考えることにした。オレンジ色の光が滲みながら、カウンター越しにぼんやりと男性が見えてくる。次第にはっきりと輪郭が現われ、紳士的に微笑むマスターがいる。
 かつて世界中を旅したという彼の話を聞くのが好きだった。ニューオーリンズのジャズバーで生演奏を聞きながら夜を明かしたこと、フランスのシャンゼリゼ通りで声をかけられた親日家の外国人とグラスを片手に日本文化について語り合ったことなど、自分の記憶と錯覚するように鮮明にあらわれる。

 鈴の音がなり、扉の方を見た。迷い込んでしまったように緊張した様子の女性がいる。小柄で色白な肌に、冷静な細い瞳をした女性。隣の席に着くと、若者が珍しいこの街で出会った同世代の女にすぐに声をかけた。
 
 亜耶は笑うと、クールな表情からあどけなくなって明るくて素直な子だった。次第に打ち解けるとマスターも亜耶のことを気に入って可愛がっていたし、いろんな酒を一緒に飲みながら他愛のない話をした。(今まで会った女の中で最も酒豪なのは間違いない。)
 
 三人で話す時間は俺にとって心地良かった。でも、とふと考える。亜耶と俺の関係はマスターがいて成立していた。二人で会うのも今回の通夜が初めてだし、やはりマスターがきっかけとなって再会した。

俺と亜耶の繋がりって何なんだろう?

 出会ったばかりの頃、話すと溌剌とした笑顔で答えてくれる亜耶を、女として見ていなかったわけではない。
 媚びることを知らない彼女に対し、次第に駆け引きを越えた感情がわいて大事に接していたし、俺自身も自然体でいられた。本人には口が裂けても言えないが、地元に戻ると言い出したときどれだけ寂しかったか。
 
 男女の友情には親密な肉体関係を孕む隔たりがあるが、それゆえ地元に帰ってしまってから俺から連絡するのは気が引けた。でも、どこかで亜耶と繋がっていたいと思っていた。彼女からすればただ、点と点の客同士をブルーベールが糸のように繋ぎ止めているだけの関係なのか―。
そう考えると純粋に虚しさが広がっていった。

「なんだかなぁ・・・。ん?」

 見つめる先の海に白い球体のようなものがぷかぷかと浮かび、想の足元でせき止められた。よく見るとそれは小鳥だった。羽に傷を負い、海に落ちて流れてきたのだろうか。そっと手ですくうと、ふわふわとした柔らかい羽毛が指先から零れ落ち、雪のように舞っていった。

 想はジャケットの内側に大事そうに小鳥入れて、体を温める。しばらくして、もそもそと手の平で動きだし、外に出そうとすると白い羽毛からつぶらな黒目をじっと覗かせ、首を小さく傾げた。その愛くるしさに胸を打たれ、たまらなくなる。

「すげぇ可愛いんだけど・・・。」

 そう言うと、小鳥は嬉しそうに想の肩に止まり、体から抜け落ちた羽根が静かに舞っていった。指先で掴むと白色から金色へと変わっていく。驚く想に興奮したように小鳥は羽を広げ、激しく体を揺らし、金色の羽を舞わせた。
 
 やがて、止まり木のように居座っていた肩から飛び立ち、つぶらな瞳を向けながら小鳥は飛んでいってしまった。俺も飛べたらなぁ、とため息混じりに指先でくるくると羽根を躍らせる。しばらくすると遠くから茶色い舟が向かってくるのが見えた。

「船だ!おーい、こっちだ、こっち!」

 想は大声を出して腕を振りあげた。

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