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2年だなんて、ほとんど永遠ね。【第7話】


いままでのあらすじ
1978年。6月。15才のぼくは、同級生のかごめと海を見ている。ぼくらは、駆け落ちすることにした。ぼくの誕生日、駆け落ちする日、駅のホームにかごめは来なかった。それから毎年、ぼくは自分の誕生日に駅のホームにひとり佇む。34年目。50才。ひとりの女子高生が、ぼくに声をかける。彼女は一通の手紙をぼくに渡す。それは長い、とても長い、かごめからの手紙だった。34年前、ぼくに会うことなく、遠くの地に引越したかごめ。短大を卒業後に図書館の仕事を休んだかごめを、司書の長野さんが訪ねる。そして、かごめにプロポーズする柿谷という人物の話が始まる。


鳥は鳴きつづける

 私は、長野さんには居間で待っててもらって、自分が落としたスイカを片付けて、服を着替えて、顔を洗って、髪をといて、そして、ふたりで図書館へ向かったの。長野さんが運転する軽自動車に乗って。図書館で私は、寄付された印がついている本を、もう一度つぶさに見ていった。夏目漱石。高学年なら読むかもしれない。村上春樹。小学生には刺激が強すぎる表現もあるかもしれないけど、自己を認めていけそう。片岡義男。自分に向き合うかもしれない。テッド・チャン。「あなたの人生の物語」。パラパラとめくって、表題作を少し読んでみた。貸出カードをみると、小6の女の子「佐々木かおり」の名前があった。あの子なら、これを読むかも。いつも、他の子とは違った本を借りていく。クラスにはいつもひとりかふたり、はるか先を見遣っている子がいる。もうひとつ、気がついた事があった。「星の王子さま」が、なぜだか4冊もあるのだ。寄付された本が、被ってしまうことは、時々ある。名作と言われているものなら、なおさらそうだ。それでも4冊というのは、多い。多すぎる。わたしは長野さんに「あなたの人生の物語」と「星の王子さま」を借して欲しいというと、またあの素敵な笑顔で、いいわよ、といって、ノートに書き込んでいた。ありがとうございます、と、長野さんにお礼をいった。少しだけ、笑顔をつくれたんじゃないかかな。
 その夜、久しぶりに「星の王子さま」を、読んだ。なつく、ということ、かけがえのない、ということ、ものごとは心の目で見ないとわからない、ということ。読み終わった時、泣いていた。久しぶりに声をだして。
 つぎの日の夜「あなたの人生の物語」を読んだ。そのつぎの日の夜も、もう一度読んだ。タツヤはこの本、読んだことある?少し前に映画化されていた。「メッセージ」というタイトルで。わたしにとっての、人生の物語、って、なんだろう。私は、38の時に、ほとんど何もない自分の部屋で過ごすことになるって知っていても、16のあの日、タツヤと駆け落ちしようとしただろうか。もちろん、大好きなワンピースを胸に抱いて、駅に向かったと思うわ。
 その週末、私から柿本さんへ声をかけて、ふたりで会ったの。大雨でぐちゃぐちゃになった小川は元の流れをかろうじて取り戻してて、以前の道はところどころしか残ってなかったけど、その道をふたりで歩いた。大雨前と同じように、鳥の鳴き声が響いていたわ。景色が変わっても、鳥はやはり鳴き続けるんだな、って、歩きながら思った。あの小さな橋があったあたりまでいって、そこで柿本さんとお話ししたの。
「いつも、私のことを気にかけてくれてありがとうございます」
「いえ、こちらこそしつこくて、すみません」
「柿本さん。図書館に本を寄付してくれているのは、柿本さんでしょ?」
 少し、間を置いて、
「はい」
 と、返事してくれたの。
「星の王子さま、あなたの人生の物語、も、柿本さんが?」
「はい、そうです。ほとんど自分の趣味を押し付けるようで、すみません」
「星の王子さまは、どうして4冊も寄付したんですか?」
「4冊。これはどうしても読んでもらいたくて。何年かに1冊、寄付させてもらいました。わたしが助けられた本ですし、いつかそういう話ができればなあ、と、思って」
 私が静かに柿本さんを見ていると、
「わたしの話をしてもいいでしょうか。わたしは高校を卒業してすぐに、この地に来ました。元々は、大分に住んでいました」
 大分。
「山口出身だって、みなさん言ってたけど」
「山口、ですか。噂って、そんなもんなんですよ。信憑性って。大分から電車で山口までいって、そこからフェリーで四国に渡ったんですけど、フェリーからの部分だけ広まったんでしょうね。大分市内に住んでました。高校も市内です。高校2年生のときに、ちょくちょく家へ遊びに行ってた同級生のお姉さんを好きになって、それがわたしの初めてのキスでした。でも、それ以上、何もなかったんですけど。進学するつもりで勉強していた高校3年生の夏休みが終わった時、そのお姉さんが両親に連れられて、うちの家に来たんです。娘を妊娠させてどう責任とるつもりなんだ、って。キスしかしてない、と、いったって、女の子が、膨らんでき始めたお腹に手をやって、ひどい、ワタシを大事にするって、言ったじゃない、と、玄関口で泣き崩れたら、誰もわたしの言うことなんて聞きませんでした。今なら検査をすればすぐわかることでしょうけど。玄関での騒動は、隣近所にも聞こえてて、何しろ同級生のお姉さんですから、学校にもすぐ広まりました。不純異性交遊ということで、しばらく停学でした。実際は、1年前のキス、1回だけです。停学がとけても、学校では孤立していました。人はスキャンダラスな方を好みますから、わたしのいうことなんて誰も聞いてくれません。高校での残りの日々を、わたしはひとり、いつも図書館で過ごしていました。その時に初めて読んだのが、星の王子さま、です。本を読んで初めて泣きました。ほんとうのことは目に見えない、という言葉は、わたしへの言葉のように思えて、ぎりぎり救われた気がしました。そのお姉さんについては、出産が終わって、血液型とか検査して、それからどうするか再度話し合うことに、親同士の間ではなっていました。結局わたしは、子ども扱いなんです。繰り返しますが、わたしには全く身に覚えがないことなので、検査結果について関心はありませんでした。ただ、ありきたりの言葉ですが、人間不信になっていました。父親が誰であれ、生まれてくる子どもがかわいそうに思えましたが、もうその頃は、何事にも無関心、無感情であることがほとんどでした。むしろキスだけでも妊娠することがある、って、言われた方がどれだけよかったかと、思います。

つづく。



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