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2年だなんて、ほとんど永遠ね。【第8話】


いままでのあらすじ
1978年。6月。15才のぼくは、同級生のかごめと海を見ている。ぼくらは、駆け落ちすることにした。ぼくの誕生日、駆け落ちする日、駅のホームにかごめは来なかった。それから毎年、ぼくは自分の誕生日に駅のホームにひとり佇む。34年目。50才。ひとりの女子高生が、ぼくに声をかける。彼女は一通の手紙をぼくに渡す。それは長い、とても長い、かごめからの手紙だった。34年前、ぼくに会うことなく、遠くの地に引越したかごめ。短大を卒業後に図書館の仕事を休んだかごめを、司書の長野さんが訪ねる。そして、かごめにプロポーズする柿谷という人物の話が始まる。


お豆腐

 受験勉強は続けていました。年明けの共通試験も受けて、地元の大学には通りそうでした。そうなると、この環境は何も変わらない。わたしには耐え難いことでした。他から見れば逃げ出す、ということでしょうけど、地元にはいたくなかったんです。図書館でいろいろな本を読みましたけど、その中で昔から豆腐作りをしている四国のお店の話がありました。母は豆腐が好きでした。最後までわたしの事を信じてくれていた唯一の人。その母に、いつか、わたしが作った豆腐を食べてもらって、それが恩返しになれば、って思って。自分勝手な恩返し計画ですが。
 わたしが共通試験の2次を受けた後、数日して、そのお姉さんは出産しました。予定より早かったと聞いています。血液型は、父親がわたしではあり得ないものでした。お姉さんの両親が、うちの玄関口で今度は平身低頭で、お詫びに来ました。わたしは無感情でそのやりとりを居間で聞いていました。その子はもういくつになるのかあ、人間不信にならずに育ってくれてるといいんですけど。その3日後。わたしはジャケットを着て、ひとりでお姉さんの家にいって、その両親に会いました。相手は罰がわるそうでした。わたしは、この地を出て行くことにしたので、そのためにお金が必要だ。18歳の高校出たての人間が、当面ひとりで生きていけるだけの金額を、あなたたち大人の常識で決めて、渡して欲しい。そうしたら、もうあなたたちとの関係は一切終わる、って、言ったんです。2日後、渡されたのは50万円でした。50万円。私は、自分の両親に、これからはひとりで生きていきます、お金は自分で用意したから、と、伝えました。父は、大きな声で何か怒鳴っていましたが、何を言っていたのか、もう全く思い出せません。母はずっと、下を向いていました。一週間後、出発する前日、母が30万円渡してくれました。大学進学のために準備していたお金だそうです。いつでも帰ってきていいんだよ、って言いました。
 なんだったんでしょうね。
 ごく普通の家庭の長男と両親の人生を大きく変えてしまう出来事の意味って。高校生の男の子が、魅力的な年上の女性とキスしたって事の意味って、なんだったんでしょうね。キスでなくて、手をにぎっただけでも、同じ事だったのかもしれません。今思い出しても、あの時の感情の起伏をたどれないんです。起伏が、なかったんだと思います。怒る事、落ち込む事、何かあるとまだいいように思えます。感情の起伏がない。それを悲しむ事さえできない自分。同年代の人たちの溌剌とした風景をみていると、それを失った自分が残念です。残念です。
 翌日わたしは、大きめのバックパックひとつを背負って、大分駅から電車に乗りました。途中2泊して、四国の老舗豆腐屋さんへ到着しました。汚い格好した男が突然現れて、豆腐をひとつ店先で食べたあと、ここで働かせてくれ、と、いうんですよ。普通は相手にされないんでしょうけど、大社長が、かごめさんの祖父にあたるんですよね、その大社長が、ふたりきりで話を聞いてくれたんです。わたしは今、かごめさんにお話しした事を、そのまま話しました。大社長は、じっと聞いてくれました。そして、近所の空き家を紹介してくれて、わたしを雇ってくれたんです。豆腐作りは、とても難しいです。とても。いや、奥が深いというか、これだけ打ち込んでるつもりですけど、まだわからないことがあるんですよね。自分で思った通りに出来上がらなくても、裏切られたわけではないから、いつまでも続けられるんじゃないかと思っています。わたしの事をちゃんと知ってくれているのは、大社長と、かごめさんのおじさんにあたる、若社長のおふたりだけだと思います。若社長が、かごめさんとご両親の引越しのために、わたしを大分へ連れて行ったのは、わたしを大分の両親に合わせるためもありました。実際、半日時間を与えてくれて、わたしは数年ぶりに両親と会いました。ふたりとも、その、やつれていました。申し訳なかったです。お店の豆腐と油揚げを、お土産で渡しました。まだ、わたしが作った豆腐ではありませんでしたが、特に母は、喜んでくれました。どうして豆腐作りなのか、父は戸惑っていました。次の日、かごめさんとお会いしました。挨拶の声もかけられないくらい、あなたはなにもかも、閉ざしていました。若社長は、かごめさんたちがなぜ急に実家に戻ることになったのか、全くわたしには話していません。ただ、自分のお兄さんが倒れたため、としか、聞いていません。誰も何も語っていないのに、誰もかれも、勝手に想像して、話を作り上げてるんです。みんな、悪い人じゃないんですけど、それだけに質が悪いかもしれません。噂を信じ切ってしまいますから。大分でかごめさんを初めてお見掛けしたとき、どこも見ていない視線が、とても気になりました。どうしてだろう、って、考えてて、そうか、自分に似ているんだ、って、思ったんです。結局、わたしも勝手に想像しているひとりなのかもしれませんね。
 当時、かごめさんはまだ高校生でしたし、わたしも豆腐作りを覚えることで精一杯でしたので、それ以上の感情はありませんでした。やがてかごめさんは大学に進学されました。そのまま就職して、やがて家庭を持たれるんだろうな、と、ぐらい、思っていました。それが、大学を卒業されたかごめさんと久しぶりにお会いした時、びっくりしました。初めてお会いした時と、変わっていなかったからです。心を閉ざしたままでした。わたしには、そう見えました。まあ、わたしも人のことは言えないのですが、それでもわたしには豆腐作りという行為があって、目標があって、そのために会社の先輩、若社長、大社長、とは、ちゃんと心を開いてお話ししています。かごめさんには、それすらないように見えました。まわりの人は、高校生の時に妊娠した、とか、相変わらず昔の思い込みのまま、遠巻きにしか接していませんでした。
 最初はそういう周りの状況にイラついている自分がいて、わたしはびっくりしました。たとえイラついているということでも、感情の起伏が自分の中に起こっていたからです。ほどなくこれは、わたしがかごめさんのことが気になっているからだと、理解しました。わたしは人とお付き合いしたことがありませんでしたから、何をどう打ち明ければいいか、わかりません。かごめさんは、恩ある大社長のお孫さんです。それで、最初から結婚を申し込んだんです。すぐに断られましたけど。それも何度も。仕方ないことです。これが、わたしという人間の、真実に近いお話しです」

つづく。



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