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傷口から浮かび上がるもの

例えばそれは、小さなことだ。
大切な心の領域に踏み込まれた。
汚れた、と感じるような
歪んだ誤解や決めつけを受けた。
そんな小さなこと。

わたしたち俳優は
その傷をアメーバのように
大切に育て、ひとつの人格にする。

勿論だからといって
俳優だから傷つけてもいいということには
全くならない。
よくそういう論説をぶる
愚かな業界人を見かけるが
それは圧倒的に間違っている。

ただひとつだけ言える。
傷は超えていくためにある。
そのたびに表現は大きくなっていく。
そのことだけだ。

ああ。
ここから心が壊れていくのか。
ここから空気が漏れ
ここから涙が流れ始める。
それがやがて怒りに変わり
そしてまた諦めにもため息にもなる。
そんな場所。
感情のバルブ。
それを自在に開けたり、閉めたりする。

傷ついたのか。
ならば、癒そう。その傷を。
そうして傷の分
覚悟を持った俳優になり得る。
つまり、得をしたのだ。

傷口にはそれぞれの
キャラクターが刻み込まれている。
ギリギリまで転ばない
根性がある奴。
同じところでいつもつまずく
おっちょこちょいな奴。

でも、みんな転ぶ。
人間だから。
もがいて走って、がむしゃらに生きているから。

傷口を見つめていると
ほんとうの自分の心がわかる。
行くべき方向がわかる。

わたし。
飾るな。考えるな。
守りに入るな。

てらいなく、ありのままに
ただ演劇人として
竹のように真っ直ぐであれ。

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