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革命

子供の頃、マーティン・ルーサー・キングに憧れた。こんな立派な人間になるには、どうしたらいいんだろうって思っていた。

どうして世の中から戦争はなくならないのか。
学校であるいじめを、どうして完璧に裁くことは出来ないのか。
学校では理想論を教えるのに、結局は資本主義に飲み込まれていく就職活動に希望はあるのか。

どうして自分の命を自分で好きにしてはいけないのか。
原発の歌はどうして発禁になるのか。
どうして白人はそんなにも黒人を憎むのか。

日本は太平洋戦争で、善だったのか悪だったのか。
隣組が恐ろしいことを知っていて
治安維持法が恐ろしいことを知っていて
どうして戦後また何もかも忘れたような顔をして
生きていこうとするのか。

統一教会は叩けるのに
ずっと前から真っ黒な創価学会は
何故、透明人間かのように通り過ぎ続けるのか。
それならばとっとと、公民の教科書から
「政教分離」の文言を隠滅すべきである。

ずっとそんなことばかり、考えて生きてきた。
革命の季節に生まれたかった。
そうしたら、きっと自分の命を賭けられたのに
そう思っていた。

演劇は、だからわたしにとっての革命だった。
今ここにあるもの。
腐ったり衰えたり、負けてしまった何か。
それを舞台という祭壇に載せて、燃やす。
そうすることで再生し、不死になる。

正しく生きること。愛に殉ずること。
誠実であること。犠牲を払うこと。
夢を諦めないこと。

それがわたしにとっての革命だった。

今は少し変わった。
演劇ではなく、福祉の仕事に勤めて
わたしは革命を望まなくなった。

それは年をとったのに
何故か目が良くなったからだ。
細胞レベルで日々、わたしたちが起こしている
革命と脱皮を目にすることが増えた。

世界は細部を覗きこめるようになった途端
表情を変える。
小さければ小さいほど
些末であれば些末であるほど
真に革命的であるのだ。

気づかなかった。
知らなかった。
こんな日が来るとは、考えもしなかった。

ほら、こんな風に。
わたしもまた革命を起こされ
変革されてしまう。

世界とは偉大ないたずらっ子である。
それと戯れ、身を委ねてはじめて
彼らの壮大な革命のプランを
見ることが出来るのかもしれない。

革命を望んでいる人間は
ひとりではないのだ。絶対に。
それほどの希望があるだろうか。

それはもう、この世における
最大の至福だと思うのだ。

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