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【エッセイ】鈴木先生とユキちゃん(塾の思い出)

私は小学校4年生から高校3年生まで、個別指導から大手予備校まで合計6つの塾に通いました。
それを聞いて驚かれる方もいるかも知れませんが、私は割と都会っ子なので周りの子はみんなそんな感じでした。でも、今考えると幸せな環境だったんだと思います。

塾のいいところは新しい友達ができるところと、先生が変わっていて面白いところです。私は学校より塾が好きでした。

小学校4年生の時に初めて通ったのは、近所の個別指導の塾でした。
担当の先生(仮に鈴木先生とします)は岩手出身、東大1年生の18歳。短い髪で、いつも擦り切れたTシャツを着ていました。

私はそんなに頭のいい人に会ったことがなかったので緊張しましたが、先生は見た感じふつうの元気そうな男の子でした。
「岩手はさむいところで、冬は雪がつもるんだよ」と教えてくれた。
帰って地図帳で調べると、岩手は私が思っていたよりずいぶん上の方にありました。

私が「先生のお父さんとお母さんはどこにいるんですか?」と聞くと変な顔をして「地元にいるけど?」と答えたので驚きました。
遠くから来て、1人で暮らしているなんて大人でかっこいいと思ったからです。そういえば先生はちょっと言葉が違うような気もしました。
先生は説明が上手で、たまにみんなにお菓子を買ってきてくれたりするような優しいところもあり、私はけっこう好きでした。

授業の時間帯がかぶっていた子に他の小学校から来ている女の子(仮にユキちゃんとします)がいました。
ユキちゃんに初めて会った時に「彼氏とかいるの?」と聞かれたので黙って首を横に振りました。
ユキちゃんは今サッカーが上手な彼氏と付き合っているそうです。彼女がサラサラのロングヘア―でいけてる女ふうだったので私は緊張しました。

でもユキちゃんは意外と気さくで、いっしょに帰る時は先生の辛口評価を聞かせてくれたりした。
鈴木先生のことは「いいと思う、ショウライユウボウだし。でもあまり服を持っていないところがだめ」みたいなことを言っていました。

ホワイトデーに鈴木先生が突然白いくまのキーホルダーをくれたことがあります。バレンタインデー何もしていないのに……?
理由を聞くと「ユキちゃんがバレンタインデーにチョコをくれたからお返しに買った。ついでに他のみんなにもあげようと思って」みたいな変なことを言っていた。

私は「ユキちゃんはサッカーをやっている彼氏からショウライユウボウな鈴木先生に乗り換えようとしているのではないか? でも先生は断るしかないと思うし気まずくなるかも……」と悩みました。

そして「先生は女心がまるで分かっていない!! キーホルダーを貰ったのが自分だけじゃないと知ったらユキちゃんが怒り出しそうだな……」と複雑な気持ちにもなりました。
とりあえず受け取ったあのキーホルダーは、まだ実家にあります。

私はその頃進路に悩んでいました。塾で中学受験を勧められたからです。
私の親は公立高校の出身だったこともあり、中学受験には懐疑的で自分でどうするか決めるように言われたのです。
結局算数が苦手だったのと、小学校の友達と離れてしまうのを不安に感じて受験は断念してしまいました。

私は「自分は感情的にものを考えるくせがあるし、このままで大丈夫だろうか? 中学生になったら勉強がむずかしくなるかもしれない。お父さんと同じ大学にはいけるだろうか……」と将来を悲観し、ランドセルをかたかた鳴らしながらとぼとぼ歩いていたのをよく覚えています。今とあまり変わらない……。

6年生になったある日、鈴木先生は私たちに何も言わず突然塾講師を辞めてしまいました。
私は「辞める前に言ってくれればいいのに」と悲しい気持ちになりましたが、それ以上にユキちゃんが「あいつ裏切った」と怒っていたのが印象的でした。やっぱり好きだったのかなあ……。

私はその後中学生になり、他の塾に移って鈴木先生のことはそれきり忘れてしまいました。でも、先生は優秀な人ですから都内で研究者になっているかも知れないし、お互い気が付かなくてもいつかどこかですれ違っているといいなあと思います。
ユキちゃんは地元で結婚したと聞いています。






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