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「恋するキューピッド」 プロローグ

あらすじ
失恋した数は知れず。高校2年生の天使空あまつかそらは相も変わららず恋愛をし続けていた。超絶プラス思考の空は進級をして新たな恋を始める。そこにキューピッドが現れ、『キューピッド代行』に任命される。空はその使命を無視して、自分の恋に真っ直ぐと突き進むのだが……。

 明日はついに始業式。僕も晴れて高校2年生になる。春休みという長い拘束時間を経てやっと学校が始まる。

 学校という場所はとても素晴らしい。

 勉強、部活動、課外活動、それらに精力を注ぐことは有意義なことであるかもしれない。
 しかし! 学生の本分は違う。学生の本分とはつまり――
 
 恋愛だ!

 学生の本分は勉強? そんなの知るか! 学校で行われることすべてが輝かしい恋愛における不随物に過ぎない。

 ただ、勘違いしないでほしい。

 僕は不随物をないがしろにしているわけではない。

 放課後、気になる異性と勉強を教えあうのもいいかもしれない。

 いやそれ以前に、退屈な授業中において好きな子に思いを寄せ、視線をよこす。

 そこでふと、目線が合うかもしれない。ふたりは照れながら目を逸らす。最高なシチュエーションじゃないか!

 はたまた部活動に精力を注ぎ、気になる子と切磋琢磨して高みを目指す。そうしてゆくうちにお互いを意識し合い、恋愛に発展してゆく。まさに王道!

 課外活動では例えば修学旅行がある。

 学校という日常から離れ、非日常な状況に置かれる。気になる子と同じ班になって一緒に行動するなんてことがあった日にはチャンスもチャンス!

 日常から脱却した世界で、ふたりだけの空間でついに念願の恋が成就する。

 はあ、なんて素晴らしいのだろう! かくも学校という場所は恋愛をする場としては無限大の可能性を秘めている。

 ましてやだ! 高校2年生という舞台は恋愛ドラマ、漫画、小説においても青春をモチーフとして描かれることは多い。それは憧れからくる妄想からかもしれない。

 だが! ここまで多くの作品が世に出ているのは実際に高校2年生には甘い青春の蜜があるからこそじゃないだろうか!

 ついに、僕はその舞台に満を持して登場する。
 きっと、いや必ず! 僕にもその甘い青春が待っているに違いない!
 楽しみで仕方がない!

 僕ほど休み明けを、進級に希望を抱いている学生はいないだろう。

 決して、春休みに気になる子に告白をして玉砕し、自棄になっている訳ではない!

 ああ! 嫌なこと思い出した!

 だいたいなんだよ! 大切な話があるからと言って気になる子の誕生日の昨夜、連絡をよこして、明日、学校で待っているからと言っていたにも関わらずにその子は来なかった!

 ましてや連絡が来たのもその子の誕生日の翌日の夜だ。内容は――

『ごめん寝てたー』の一言。

 どんだけ寝てんだよ! 僕が連絡してから丸2日寝ていたことになるぞ!
 大丈夫か!? もはや重篤なんじゃないのかと心配になるわ!

 せっかくその子の誕生花を持って僕は5時間も待ったのに!

 ちなみにその誕生花はどこに行ったかって?
 家に飾ってあるよ! 捨てられるわけないだろう!

 そんなこんなで僕は好きな子に誕生花を贈るモットーがある。

 そして、その誕生花は数多く、僕の家に飾ってある。本当に数多く。小さな花屋さんかな?

 たまに受け取ってくれる子もいる。本当に嬉しい。僕の思いが届いたようで本当に晴れやかな気分になる。

 僕の思いはその子の家に飾られ、その綺麗な花を見て僕を思い出してくれるだろうなと、そう考えるだけで僕の胸は温かい気持ちになる。

 学校のゴミ捨て場に僕が贈った花が捨てられているところを見るまでは。

 せめて持ち帰ってから捨てて! なんで学校で捨てちゃうの!? 僕の目があるじゃん!

 それを見た僕の目は死んだ魚のような目になっているよ!? 僕の目からだって涙は流れるんだよ!?

 僕がやましい気持ちでその好きな子を見ていたから悪いのか?

 授業中ずっと見ていたから悪いのか? 僕はその子と目を交わし、照れながら目を逸らしたと思ったよ。

 青春の1ページを刻んだんだと思ったよ。

 でもなんで! どうしてその青春の1ページをその子は気持ち悪がって友だちに話しちゃったの? その子の友だちに僕が泣かされるまで徹底的に説教されたんだけど!?

 まあそれでも僕は挫けずその子に告白したんだけどね。もちろん振られたけどね。

 僕はそんなことを中学1年生から繰り返している。そして一向に僕の恋は実らない。

「あぁー! なんでこんなに上手くいかないんだよぉ!」

 ベッドの上で転がりまわり、その後、枕をベッドに叩きつける。


「随分と荒れ狂ってるわね」


「え?」

 部屋に僕以外の声が聞こえた。何事かと部屋を見渡しても誰もいない。

「もしかしてもしかして、実は僕に思いを寄せる女子がいて、僕の部屋に来て――」
「何を言っているのよ。こっちよ」
「うん?」

 声のする方は上からだ。僕が上を向くとそこには小さな人間が空中に浮かんでいた。

「うわあああぁぁぁぁ!」

 僕はベッドから転がり落ちる。

「驚かせてしまってごめんなさいね。あなたが天使空あまつかそらで間違いないかしら?」
「……そ、そうだけど。え、なにこれ? 夢?」

 僕は小さな人間を見やる。体長10センチ程で金髪碧眼。

 白いワンピースを着ており、肩からは小さな純白の翼をはやしている。そして、頭の上には黄色の輪っかが浮いている。

「夢じゃないわ。これは現実。あなたは選ばれたのよ」
「は? え? 何に? ていうか誰?」
「ああ、紹介が遅れてしまったわね。私は愛の女神、キューピィよ」
「マヨネーズ?」
「何を言っているの? とにかく、この愛の女神様キューピィにあなたは選ばれた」
「……愛の女神様。え、もしかして僕の女神様? ついに現れたの? 僕の恋愛を成就する神様が」

 全然、状況が掴めてないし、現実味がないけれど、今はそんなことどうでもよかった。

 僕の目の前に愛の女神様が現れた。

 神様は僕の行いを見ていたのだ。恋愛のために人生を費やし、努力している僕を認めてくれたのだ。

 そうして今、ついに愛の女神さまによって僕の恋愛を成就させてくれるのだ。
 僕は目を輝かせ、愛の女神様キューピィを見つめる。

「半分正解、半分ハズレ」

 キューピィは肩をすくめる。

「ハズレってどういう意味? 僕の恋愛を成就させてくれるために現れた女神様じゃないの?」
「違うわ。愛の女神でも人の恋を実らせることはできない」
「なんだよ期待して損した。もう帰ってくれよ」

 僕はベッドで横になり、腕を頭の後ろにやる。

「あなた順応性が高いというか、適当な性格してるわね。普通、もっと驚くところよ」

 僕はベッドからキューピィを見上げる。ここからだと白のワンピースの下が見える。

「愛の女神様って白パンツなんだね」

 僕がそう言うと、キューピィは青い弓矢を発現させ、矢を放つ。そしてそれは僕の頬に刺さる。

「痛い! 刺さってる刺さってる! なにこれ!?」

 僕は頬に刺さった青い矢を取り、投げ捨てる。青い矢は床に落ち、消え失す。

 痛かったぁ。注射されたのかと思った。

「あなたが変態なことを言うから悪いのよ。そんなんだから彼女ができないのよ」
「う、うるさいな! お前に何がわかるんだよ!」

 この女神様、愛の女神様なんじゃないの? ボクに対する愛が一切感じられないんだけど。

「全部見てるのよ。そして全部見た上であなたに適性があると判断した」
「何の適正? 僕がハーレム主人公になる適正?」
「そんな適正ないわ。鏡見なさいな」
「ちょっとなんだよその言い方! 僕の見た目は中の中だ!」
「あら、過大評価が過ぎるわよ」
「これでも謙遜してる方だ」

 モテるために身だしなみには気を使っている。毎日、朝晩シャワーを浴び、風呂に出た後は化粧水と乳液を塗っている。

 学校に行くときには当然、ワックスとヘアーアイロンで髪を整えている。その努力を含めて、自分の見た目は悪くないと思っている。

 僕の性格も悪くないはずだ! 僕がモテない原因はなんだ!

「あなた、見た目だけじゃなくて性格も悪いのね。道理でモテないわけね」
「何!? さっきから何なんだよ!? 僕何か悪いことした!?」
「いいえ。むしろあなたは優れた成績を残している」
「優れた成績?」

 勉強もモテるために最低限にはしている。だが、称えられるほどの成績は残していない。

「ええ。あなたは多くの恋を成就させている」
「その嫌味、さっきの物理的な矢よりも刺さるんだけど」
「あらごめんなさい。でも、心当たりはあるはずよ」
「…………」

 僕が多くの恋を成就させている? たしかに僕ほど失恋している人間はいないだろうけど、それとこの女神様が言っていることとどう関係があるんだ。

「あなたは、あなたの行いにより、他人の恋愛を成就させている」
「えぇ……刺さる刺さってる。なにそれ? 余計に傷つくんだけど」
「でも事実だわ。あまり自覚がないようね。まああなたは一度振られたらその相手にはこだわらないものね」
「…………」

 この女神、どこまで僕のこと知っているんだ……。

「そこで、あなたほどキューピッドに相応しい人間がいないと判断し、あなたをキューピッド代行にすることが決定したわ」
「……は? キューピッド代行?」

 何その死神代行的な感じ。僕実は強い霊圧持っているとかそういう設定なの?

「ええ。愛の女神は直接、人間の恋愛に干渉することはできないのよ。そこで、人間の恋愛に直接干渉できる人間にキューピッドになってもらう」
「さっきの矢はなんなんだよ。あれじゃないの? その矢を心臓に突き刺して恋愛を成就させるみたいなことできないの?」

「昔はやっていたのだけれどね。でも所詮、矢の効果は一時的なものに過ぎない。要は錯覚させているものなのよ。錯覚が消えたら破局する。それじゃあ意味がない。人間同士でちゃんと恋愛を成就させないと長くは続かないのよ」

「はあ、そういうものなんだ。だが断る。誰が好き好んで他人の恋愛を成就するようなこと手伝ったりするものか。むしろ僕の恋愛を成就させろ! その矢でなんとかしてくれ! それか何かアイテムないの? ラブノートみたいな。ノートに書いたら40秒で好きになってもらえる的な。それがあれが僕、どこかの新世界の神よりも有用に使うよ!」
「そういうところよ。そういう訳のわからないことをべらべらと話すからモテないのよ」

「そういうところって言うのやめて? 人格全否定されてるみたいな感じだから」

「あら、全否定されるのには慣れているんじゃないのかしら。しょっちゅう振られて全否定されているじゃない」
「やめて! これ以上僕の心を刺すのはやめて!」

 再び僕はベッドの上で転がりまわる。ああ、数々の失恋が頭の中で呼び起こされる。

「たとえあなたが好きな相手に全否定されていても、むしろ私はあなたを全肯定しているぐらいだわ。あなたならできる。いえ、これはあなたにしかできないことなのよ」
「……キューピィ」
「空」

 ボクとキューピィは目を合わせる。

 こんな僕でもできることがあるんだ。それじゃあ僕は僕のできることを――

「って! 誰がやるかバーカ! バーカ! 感動的な感じで説得しても無駄だ! そんなキューピッド代行? なんてそんな僕がしたいことと正反対なことしてたまるか!」

「ま、了承しないことは端からわかっていたわ。どうせあなたのことだから私の言うことは聞かない。そんなことをしなくてもあなたは勝手に他人の恋愛を成就させる。その才能に恵まれている。その才能を存分に活かしなさい」

「褒めてるの? 貶されているようにしか聞こえないんだけど。僕は絶対にそんなことしないからな! いいか!? 見ておけ女神様! 僕が僕自身の恋愛を成就させてみせる。それでも一応、恋愛を成就させてることになるだろ!?」
「まあそうね。あなたにそれができるとは思えないけれど」
「ねえ愛の女神様なんだよね? もうちょっと僕に愛を捧げてくれてもいいんじゃない? なんでそんな意地悪ばかり言うの?」

「あら、あなたはこういうのが好みだと思っていたのだけれど。異性に振られるのが趣味のドMなんでしょう?」

「そんな趣味があってたまるか! 僕こう見えて繊細なんだよ!? 振られるたびに涙を流してるんだからな!?」
「その涙でこの数々の花に水をやっているのね」
「やかましいわ! たしかに水をあげながら涙を流してるけど!」

 部屋中に飾られた花々を見やる。この花ひとつひとつが僕の失恋の証だ。この花を見る度に泣きそうになる。でもそれと同時になんとしても次こそは成功してみせるという活力にもなっている。

「よくそんなに失恋をして挫けないわね。正気の沙汰とは思えないわ」
「ふっ、なんとでも言うがいい。必ず僕の恋愛は成就する。そう確信している」
「本当、どこからその自信が来るのやら」

 キューピィは額に手をやり、首を横に振る。

「この花ひとつひとつが僕に言ってくれているんだ。次こそは上手くいくよって」

 僕は花々を笑顔で見渡す。

「大丈夫? 病気なんじゃないの?」
「やめて? 本当に言ってるんだよ? みんな僕を応援してくれているんだから」
「はあ、末期ね。だから私の存在もすんなり受け入れられるのね」
「はっ! 誰が受け入れるか! 誰がキューピッド代行になんてなるものか!」

「まあ、あなたはいつも通り生きていればいいわ。普通に生きて、普通に失恋して、普通に他人の恋愛を成就させる」

「そんな息を吸うように失恋するの前提で話すのやめてくれない? とにかく! 僕は自分の恋愛を成就させることに専念する! 絶対に他人の恋愛を成就させるようなことはしない!」
「はいはい。ああちなみに、恋愛を成就させたときのご褒美を用意しているわ」
「興味ない。僕は自分の恋愛が成就すればなんでもいい」

 僕は寝返りをうち、壁を目の前にし目を瞑る。

「会いたい人に会わせてあげる運命を作ってあげるわ」
「っ!」

 つい目を開く。

「あら、動揺したわね」
「うるさい。関係ない。どうでもいい」

 そうだ。関係ない、どうでもいい。
 過去のことなんてどうでもいいんだ。

 僕は輝かしい未来を手に入れるために目の前にいる好きな人に手を伸ばすだけだ。

 そうして青春を謳歌して、恋人と一緒に幸せな人生を歩めればいいんだ。


 それが僕の虹だ。


「明日から学校が始まるそうね。期待しているわ。あなたはこの1年間でどれだけ私を楽しませてくれるのかしら」
「はっ! 高2の青春は僕のものだ。せいぜい僕が彼女とイチャついているところを見て悔しがっているといいさ」
「やれるものならやってみなさい」

 キューピィは鼻で笑っている。

「……見とけよこの悪魔め」

 僕はそのまま目を瞑り、希望を胸に抱き眠りに落ちた。


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