小説 "向日葵の行方"
プロローグ
2022年4月8日
「"そうくん"らしいね。きっと君なら、そう言うと思ったよ。」
そう話すとおもむろに風に吹かれた艶やかな黒髪を耳にかけると、また僕の方を上目遣いで見て続けた。「私が、、、きっと私が私じゃなくなったとしたらきっとそうくんは、追いかけて来そうな気がするからそれはやめて欲しいな。その約束は守れるか分からないんだけど、私はそうくんにはそのままでいて欲しい。そのままのそうくんでいて欲しいんだ。」そう詰まった声で話した。
不服でならなかった。僕との約束を守れないのは致し方ないとして、少しだけ突き放されたように感じた。今一度、問いただしたとしても美結はきっとその本意を明かさないと思いすこし不貞腐れた。
すると僕に正気を取り戻せと言わんばかりの爽やかで生暖かく、それでいてどこか懐かしい風が僕の横を掠めた気がした。それを言われた僕は、返そうとした言葉の束が喉の奥のほうで突っかかった。ない脳みそをフルに回転させ、その奥の方から「わかった」とだけ言った。すると美佑は、不自由そうな表情筋を使ってただ笑顔で僕の方を見ては、踵を返した。その後ろ姿を僕の頭のアーカイブに残した。
その言葉と背中を忘れられる間もなく少しだけ月日が経った。
2022年8月13日
突然、陽気な着信音が僕の耳を刺した。
表示されている名前を確認するとそれは
美結からだった。
強く鳴り響く僕の鼓動は、夏の蝉の声と共に流されていくように静けさを取り戻した。
2人でよく行っていた広場にある茶色いベンチの後ろには大きな桜の木が伸びていて、その青々とした葉の間から木漏れ日が差しては弱い風に靡かれ僕の周りを吊るされた電球がゆれるように点滅させた。
落ち着いている気持ちとは反して、僕の視界は揺らいでいた。
続く。