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浮かれた夏の肝試し。廃墟の病院で見てしまったもの‥」の巻

高校3年の夏。晴れて柔道部を引退した私は暇を持て余していた。
今まで休みと言えば2、3ヶ月に1日くらいしかなかった。寮生活だった私は、土曜の練習終わりに電車で2時間かけて実家に帰り、次の日の夕方には寮にまた帰って来なければならない。今考えれば「1日しかないのにわざわざ」と思うが、それでも実家に帰り、家族や友達と少しでも会えるのが嬉しかった。その当時の1番有意義な休みの使い方だったのだろう。だから休みを終えて寮に帰る時は本当に憂鬱だった。
しかし、そんな私も最後の大会を終えて浮かれていた。「3年間の青春をこの夏休みで取り戻してやる」と、燃えていた。それもそのはず、高校に入ってから女子と話をしていない。パンフレットには共学と書かれていたのに、推薦で入ったからか?バカだからか?私はスポーツ特進科とかいう男子クラスにいた。キャバクラだったら大問題だ。教室も学校の端っこに隔離されているようで、廊下を通る人がいなかった。そんな女子と接する機会がまったくない3年間。敷地内には女子校もあり、大学もあったのに、何故だ!?
私は柔道を怨んだ。
早朝から朝練をして、夜も遅くまで練習。練習が終われば、学校のすぐ裏にある寮に真っ直ぐ帰る。食堂のおばさんに食券を渡すのにドキドキして緊張する日々。なんの罪も犯していないのに、プチ刑務所のような生活を送っていた。自分に彼女がいないのは「出会いがなくて、忙しいからだ」と信じた。
しかし、1つ上のY先輩には彼女がいた。
千葉県大会で優勝して彼女が出来たのだ。では、なぜ同じ大会で優勝した私に彼女が出来ない?
いや、考えたら負けだ。
とにかく部活を引退した!これで自由だ!
私の青春はここから始まる。
柔道部の最後の大会。試合終了のブザー音は夏の始まりの合図だったのだ!
柔道部の男10人で海に行った!泳いで、ラーメン食べて、横になって、浜辺で相撲して、また横になって、柔道の話なんかもしてみて、男だらけの海は、それはそれは…つまらなかった。
ガタイの良いモサイ坊主頭が浜辺の景観を損ないまくっていた。女性だけのグループも沢山いたのに、話しかけることも出来ない。柔道部だけに受け身だった。
こんなはずじゃない!
もっと運命的な出会いとか、ひと夏の思い出とか、Hなビデオのような展開とか沢山転がっているはずじゃないのか?
これじゃ、これじゃ…私達はモテないモサイただの柔道部だ!
しかし、その後も女性に声をかけることもなく海に入り、上がって砂浜で相撲、疲れたらゴロゴロして、誰かを砂浜に埋めてキャッキャして、また食べてを繰り返した。やはり本当にモテないモサイただの柔道部だった。確定だ。
私達は「練習のない日=幸せ」になってしまっていた。「これはこれで楽しい」と思ってしまう。
これじゃいかん!そんなの青春じゃない!
「絵を飾ってない額だ!」
いや、「取り忘れた自動販売機のジュースだ!」
いや、「鰻のタレだけで食べる白米だ!」
どの例えもグッとこない。
S君が言った「夜、花火する?」
花火!!!そうだ、それだ。
夜の海で女子グループだけの花火じゃ危ない。屈強な我々がボディガード兼ねて一緒に花火をしてあげれば、それは安心だろう。浅はかな考えだ。
ところが、夜の海に行くと、我々以外、誰もいなかった。
昼間の賑やかさはどこにいったのだろう?
仕方なく海坊主頭10人で手持ち花火をした。ただ黙々と手持ち花火をしていた。つまらない。花火ってこんなにつまらないのか?
K君が言った「腹減ったな」
皆でラーメンを食べに行った。「昼間ラーメン食べたのに、またラーメン?」と言うヤツはこの中にいない。流石、柔道部だ。
ラーメンを食べ終わってこれからどうするか?
私的にはもう帰って寝たかった。するとF君が言った「肝試し行かない?近くに廃墟の病院があって、マジで出るらしい‥」
私は大反対だった!心霊的なものは大嫌い。お化け屋敷も大嫌い。そういう所に軽はずみに行ってはいけないってテレビで言っていた。あと虫も嫌い。
100歩譲って肝試しに行くにしても、女子がいなければ絶対につまらない。
なんで夏のイベントは女子がいなければ、つまらないものばかりなんだ!
いや、世の中のイベント全部女子がいなければつまらない。
今度はその環境を作り出した「男子クラス」を怨んだ。
いや、男子クラスでもサッカー部、野球部、テニス部のヤツらは彼女がいた。待て。もしかしたら、男子クラスも関係ないんじゃないか?
ただ自分がモテないだけなんじゃないか?
いや、認めない。認めてなるものか!
いや、今はそんな話しじゃない。肝試しを回避しなければ。
私「眠たいから帰ろうぜ」
S君「ビビってるの?」
言ってはいけない一言だ!
10代という多感な時期にその一言で多くの若者がきっと無茶をしたり、バカをしたりしてきただろう。
私もその1人かもしれない。
私「別にビビってねーよ」
そう、私は千葉県チャンピオン!そしてキャプテンである。
ビビってはいけない。
E君「じゃ行こう」
すると我が柔道部で1番デカい100キロを超えるN君が
「いや、やめておこう」と言い出した。
N君は無口なタイプで、普段感情をあまり出すタイプではない。その発言にビックリした。
私は内心「でかした!良いぞN君」と心の中でガッツポーズをした。
N君「俺、霊感があって。見えちゃうんだ。」
そんな能力があることをみんな知らなかった。
冗談かと思ったが、N君はそんな冗談を言うタイプではない。なによりメガネの奥の瞳は本気だった。
しかし、そう言われると余計に退くに退けなくなってしまった柔道部員。
沈黙を破ったのはF君だった。「じゃ、行くだけ行ってヤバそうだったら帰ろう」
怖がっているN君は、前にいる私のTシャツを引っ張って歩いている。女子がやってくれれば可愛いやつなんだが、100キロを超える柔道部の引っ張りはTシャツが腹に食い込み痛みしかない。しかし、私も怖いので我慢した。いや、むしろ力強さに安心感すらある。こんなBLもありかもしれない。だが、私は前を歩くE君のTシャツを引っ張っり、E君はF君のTシャツを引っ張って、よく見るとグレイシートレインの様に繋がっている。複雑なBLだ。
何はともあれ、目的地の病院に到着した。
辺りは真っ暗で、草もかなり茂っていた。今にも消えそうなボロボロの街灯が1つあり、廃墟の病院をより気味悪く照らしていた。
みんな、想像していた以上の怖さで黙った。
すると、病院を見た霊感の持ち主N君が「ヤバい!ヤバい!ヤバい!」と言い出した。
皆に緊張が走った。
先生が「来ない」と言った日の練習で、道場でダラダラと横になってサボっていたら、急に先生が現れたあの日よりみんな焦っていた。
皆「どうした?」
N君「オーブが見える!ヤバい!オーブが出てきた!」
皆「何?何?オーブ?オーブって何?」
N君が言うには「オーブ」とは丸い小さい水晶の様な物で、霊が出てくる前兆らしい。
N君「霊が怒っている!逃げないと」
皆,その言葉に一目散で逃げだした。
今までのどんな朝練のダッシュより早かった。野球部やサッカー部にも負けない速さだった。
なんとか近くのコンビニに着いた。
「ハァハァ…」心臓が飛び出すくらいにみんな息を切らしていた。
「だから、やめておこうって言ったろう」
N君は怒っていた。
なだめようとして、N君に近づいた。
N君のメガネには、ラーメンの油が沢山着いていた。
それがオーブの正体だった。
ラーメンばっかり食ってるからだ。
ビーサンが壊れた者、膝から血が出てる者など負傷者は多数いたが、みんな笑った。
因みにN君は数年後、私の実家で酔っ払ってウンコを漏らすが、それはまだ先の話である。
高校を卒業から20年以上過ぎ、いつの間にかみんなに会うことが減った。
映画「スタンド・バイ・ミー」で「私は自分が12歳の時に持った友人に勝る友人を…その後、持ったコトはない。」
とあるが、その言葉の意味は少しわかる気がする。

それに、酔っ払ってウンコを漏らされたことは後にも先にもその1回だけだ。


浮かれた夏の肝試し。廃墟の病院で見てしまったもの‥の話。

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