うしろの███（禍話リライト）
わりと大きめの公園でトイレに入ったときの話なんですけど。
個室が2つあって、その向かいに小便器が並んでるっていう構造だったんですよ。そのトイレ。
僕は個室に入ってて。
そしたら男の子がトイレに入って来たんですよね。
外に向かって「そこにいてよー？」とか言いながら。
個室に入ったわけではなくて、小便器で用を足しに来たみたいで。
トイレの外から「早くしなさいよ、お母さん入れないからね！」っていう若い女性の声がして、お母さんが外で待ってるんだなって。
そしたらその子、「緊張するな～」とか言ってるんです。
1人で公衆トイレに入れるような年齢の子だろうし、何がそんなに緊張するんだろうって思ったんですけど。
お母さんも同じことを思ったらしくて、「何言ってんのよ。いいから早くしなさい」って外から呆れたような声が聞こえました。
「だって、後ろに人がいるんだも～ん」
男の子の声がそう言いました。
あ、そうか。この子、僕が入ってる個室の前の小便器を使ってるんだ。
扉が閉まってて中に人がいるって分かったから、気にしてるのかもな。
「別にあんたのことなんか見てないでしょ。いいから早くしなさいよ」
外から母親の声が急かします。
男の子は「はぁ～い」と返事しながらやっと用を足し終わって、手洗い場で手を洗いました。
それから外に飛び出して、はしゃぐ声が遠のいていきました。
僕も用を済ませて、個室を出ました。
扉を開けた瞬間ぎょっとしました。
そこに人が立ってたんです。
こちらに背を向けてるんですけど、別に向かいの小便器で用を足してるわけでもなくて。
言うなれば、個室と小便器のあいだの中途半端なところに、ただ突っ立ってるんです。
上から下まで黒い服を着た、中肉中背の男性でした。
個室の扉が開いたのに、そこをどいたり振り向いたりする様子もなくて。
変な人だなって思いながら、とりあえず相手にぶつからないように個室を出て手洗い場に向かいました。
手を洗いながら、さっきの男の子が言ってた「後ろに人がいる」ってこの人のことだったのか、と思い至りました。
そりゃあんな真後ろに立たれてたら嫌だよなぁって。それを想像したらちょっと気味が悪いなって。
でも、よく考えたらおかしいんですよ。
僕がトイレに入ってきたときは他に人はいなかったし、個室に入ってから男の子が来るまで、誰かが来たような気配もなかったんです。
あれ？って思った瞬間、視界の隅で黒い何かが動きました。
驚いて鏡を見たら、さっきの男が僕のすぐ背後に移動してて。
さすがにびっくりして声が出そうになって。
その男、僕の真後ろに立ってるんですけど、顔はトイレの外側——公園のほうに向けてました。
トイレの外からは、さっきの男の子がはしゃぎ回る声が聞こえていました。
お母さんと遊んでるのか、すごく楽しそうな声で。
で、その男、どうやらその親子の会話を聞いてるみたいなんですよ。
「ねェ～、楽しそうですねェ、本当にねェ」
みたいなこと、ボソボソ言ってるんです。公園のほう眺めながら。
うわっ、気持ち悪いなって思って。
自分との距離も近すぎるし、明らかに様子が変だし、どうしようかなって思ってたら、
ずっとニコニコ公園のほう向いて「楽しそうだ」とか何とか言ってたその男が、
急に僕のほうを振り返って
「でも2年後ですからねェ、2年後。」
って言ったんです。
え！？何言ってんだこの人！？
って思った後の記憶がなくて。
気付いたら公園のベンチでぼんやり座ってました。
その話、変な体験として周りに話したんですよ。
そしたら知人の1人がその公園のこと知ってて。
「あのトイレさ、公園と年数が合ってない感じがするだろ。綺麗すぎるっていうか」
「あぁ、言われてみればたしかにそうだったかも」
「あれさ、全部貼り替えたんだよね。ニュースで出ちゃったから」
ニュースで出ちゃったから？
「そのままにしてると、外観でバレちゃうからさ」
え、いや、ニュースって何？
僕が尋ねたら、知人はこんな話をしてくれました。
相当昔の話らしいんだけど、今だとホームレスって言うのかな。
路上生活してた方が、あのトイレの中で亡くなってるらしいんだよね。
自殺でさ。"なまくら"の刃物使って。
要するに、切れ味が悪くってもう使い物にならない刃物で。
でも多分それしかなくて。何回も試したみたいでさ。酷い死に方だったって。
それでニュースになったって。
聞きたくなかったな、って思いました。
そんな場所が自分の身近に、九州にあったなんて。
でもこの話を聞いた後、どうしても腑に落ちないことがあって。
その知人が言うには、亡くなったのは年配の男性だったそうなんですよ。
僕が見たのは——若い、学生くらいの男性だったんです。
彼は一体誰だったんでしょうか。
この記事は、ザ・禍話 第二十八夜（2020/10/03配信）より「うしろの予言者」（14:07頃～）を再構成・加筆したものです。
記事タイトルはwiki（https://wikiwiki.jp/magabanasi/）を参考にさせていただきました。
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