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7、ライオンとチャイコフスキー

「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」

第2話 「明るい神様」

【今回の登場人物】
  明神健太 白駒池居宅支援事業所のケアマネジャー
  葛城まや 明神が担当する認知症の利用者
  葛城健一郎 まやの夫

青春の輝きの時
時に自分の心を支え
時に自分を苦しめる

    7、ライオンとチャイコフスキー

 明神は日記の東京タワーの続きを読み始めた。
 「渋谷の喫茶ライオンへ行ったって書いてますね。ライオンって変な名前の喫茶店ですね。覚えてますか? 」
 「喫茶ライオン! 覚えてますとも! とってもモダンなクラシック音楽の喫茶店。私、一郎さんから一杯色々なことを教えてもらったんだけど、一郎さんはクラシック音楽が好きで、私も好きになっちゃったの。」
 「へぇ~ さすが大手の銀行勤めの人は趣味もしゃれてますね~ 僕にはまったくわからない世界です。」

  気が付けば明神は、まやのライフヒストリーにすっかり付きあっていた。
 「一郎さんはチャイコフスキーが好きで、特にえっと、何と言ったっけ。」
 「チャイコフスキーの交響曲第6番、悲愴ですか? 」
 すんなりと答えた明神の言葉に、まやは驚いた。
 「あなたよく知ってるわね~ 」
 「いや、日記にそう書いてあります。」
 明神は、まやと顔を見合わせて笑った。
 「クラシックもこのお家で聴いていたんだけど、使い方がわからなくなって… 」
 少し寂しそうなまやの言葉を受けて、明神は辺りを見回した。
 様々な雑貨に埋もれるような感じで、ラジカセとカセットテープやCDがあるのに気が付いた。
 「あ、散らかった部屋でごめんね。どこに何があるのやら… 」
 まやは恥ずかしそうに返事した。
 「ラジカセとCD見つけましたよ。ちょっと埋もれてますけど。」
 「埋もれてる? 」
 まやは雑貨の山を見つめた。
 「ラジカセ、救出しておきましょうか? 」
 「お願いできる? 」
 明神は慎重に物をよけながらラジカセと、カセットテープやCDを引っ張り出した。CDはクラシック音楽ばかりだった。

 もう少しだけ読んで明神は撤退しようと思った。
 まやと健一郎は、その後遠距離恋愛が数年続いたようだ。
 健一郎には東京に来てほしいと言われていたが、年老いた両親を大阪に置いて行くことに躊躇していたのだ。
 しかし、その両親が大手の銀行員の所に嫁に行くのを、何をためらうのかと、まやを突き放したのだ。
 1964年(昭和39年)東京オリンピックがあった年、この年開通した東海道新幹線「ひかり」に乗って、健一郎がまやを迎えに来た。知りあって8年、まやが26歳の時、二人は結婚した。
 翌年、二人の間に長男が生まれた。日本は高度経済成長の真っただ中にいた。

 まやにとって、幸せの絶好調のところで今回の記憶の振り返りを明神は終えた。
 まやはまだ続きを読んでほしそうだったが、仕事があるからということで切り上げた。
 確かにいつまでもずるずる話をするということも問題かなと思ったし、何よりも明神はこの楽しい記憶のところで、記憶の発掘作業を終えるのがいいのではないかと思ったからだ。

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