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奇妙な話:古井戸

 私の母校である高等学校は90年以上の沿革を誇る学校だ。それほどの歴史があるのだから、奇妙な噂の一つや二つは当然のようにある。いわゆる、「学校の怪談」や「学校の七不思議」といったものである。全てを把握していたわけではないが、それでもいくつかの話は聞き及んでいたし、興味本位ながら噂の真偽を確かめようとしたことがある。

「この学校には古井戸があって、それには良からぬ由来があるらしい」

 とある社会科の教師が授業中の小話で、そんなことを漏らしたことがある。今考えてみれば奇矯な教師である。生徒たちの授業への関心が薄い時、往々にして小話を披露することはあるが、在籍している学校の良からぬ噂を語ることは珍しい。だから、私は非常な興味を抱いたことを覚えている。

「この学校には本当に古井戸があるんですか?」

 授業が終わった後に、私はこっそりとその教師に近づいて噂の真偽について訊ねた。授業内容そっちのけで小話のことを質問する生徒に苦笑しながらも、彼はこっくりと頷いてみせた。「ただ、その古井戸がどこにあるのか分からない。まあ、口伝えで語られている話だから、疑っている教師も大勢いるけどなぁ」と彼は言った。その口ぶりから――どうやら、教師陣の多くが知っている話みたいだな――と当時の私は見当をつけた。

 その頃の私は生徒会役員であったこともあり、多くの学校行事の運営に携わっていた。体育会や文化祭は勿論のことながら、三年生を送る会――通称、三送会なども生徒会執行部の仕事の範疇だった。タイムスケジュールや備品の管理などが主であったが、その他の雑用も多く任されていた。卒業式
の前日には体育館にパイプ椅子を並べることもことすらあった。

 全校生徒と保護者各位が利用するだけのパイプ椅子を体育館に並べる仕事は大変である。床に傷がつくと体育教師に文句を言われるので、専用のゴムシートを敷くところから仕事は始まる。パイプ椅子が収納されているステージ下にキャスターを引き出し、何百脚もの椅子を担ぎ出さなくてはならないのだ。

 最終下校時刻をとうに過ぎ去った頃に、ちょっとした悪戯からステージ下の空間を覗き込んだ。パイプ椅子が納められていない状態の空間が気になった。「あそこに閉じ込められたら、さぞかし怖い目に会うのだろうなぁ」という遊び心が発端だった。果てのないパイプ椅子並べにも飽きていたこともある。だが、そこには思いがけないものがあった。

 そこには封印されて久しい年月が経っているだろう古井戸があった。おそらく、普段ならばキャスターに隠れて目にすることができないだろう所に井戸は存在していた。「ああ、嫌ものを見つけちゃったなぁ」と私は思った。半径60cmほどの小さな井戸だったが、近寄りがたい雰囲気を纏っていたし、ステージ下の奥の方にあったのでこともあり、這いつくばってまでして観察してみようとは思わなかった。

「先生、例の古井戸を見つけちゃいまいたよ」

 とだけ、社会科の教師に報告した。彼は大いに喜んでいたようだが、その後のことはよく知らない。あのステージ下に潜り込んで古井戸を見に行ったのか、それとも真実を胸に秘めたまま今日も授業を行っているのか、それすらも皆目見当もつかない。少なくとも、「学校の七不思議」や「学校の怪談」にも、それなりの根拠があって伝えられるものであることを知った。あの井戸にどのような由来があるのかは知らない。もしかしたら、何の変哲もない古井戸なのかもしれない。だが、これ以上は踏み込みたくないな、と感じたことだけは鮮明に覚えている。

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