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老熟した愛

父が完全にボケた。
今はトイレも分からない、ご飯を食べたのも覚えてない、うんこだだ漏れ、30年前に亡くなったおばあちゃんが見えたり。

マンガとかに出てきそうなボケ方。

もともと父は小ボケていた。
牛乳は食いもんやから噛まなあかん!って言ったり。
言うた矢先に、グイグイイッキ飲みしたり。ゴボウは小魚や!って言うてみたり。
言うた矢先に、小魚が畑でとれるかー!と自分でツッコんでみたり。

でも、一生懸命働いて何不自由なく私と弟を育ててくれた。
お父さん、ありがとう。

徘徊や暴力的なこともなく、穏やかにキュートにボケてくれた事が本当に有り難い。
お父さん、ありがとう。

ただ、父のことよりも気丈夫でしっかり者の母が落ち込んでるのが気掛かり。
とにかく「なんとかせな!」と母は責任感が強い。

超マイペースで天然、自分の好きな事しかしない父とは反対に、母は常に誰かの為に生きていて自己犠牲精神の強い人。
そして、母は優しいがとにかく口が悪い。

そんな二人は常に父がボケで母がツッコミ。

ボケツッコミでケンカは絶えなかったが、なんだかんだ言いたい事を言い合う息のあった夫婦だと思う。

母は毎日オムツをこまめにに替え、ホットタオルできれいに糞尿を拭き取り、父の好みに合わせつつ栄養面をしっかり考えた食事を作り、内服薬も管理して、動けない父を毎日お風呂に入れて保清もしっかりしてくれている。 

食べる事が大好きな父が食事制限をされたらかわいそうだと施設には入れたくない、と常日頃言っている。

これ以上認知機能を下げない為に、刺激を与えなくては!と思った母は、寝ている父の耳元でフライパンを叩き鳴らしているらしい。

そんな母に、突然父が「やよい(母の名前)は?やよいはどこいった?」と聞いてきたらしい。

介護に疲れた母は自分の顔も分からなくなった父にショックで、「やよいは離婚して、大きな家で一人で住んでる」と言い放ったらしい。

それに対して、「やよい追い出したんは、お前かぁぁぁー!!このクソ女!やよいを返せぇぇぇー!!」と物凄い形相で怒鳴ってきたらしい。

疲労と虚しさで正常な思考が出来ない母は、脳のリミッターが壊れてブチ切れた。

「ワシがやよいぢゃぁぁぁー!!己のクソ替えてくれる女の顔ぐらい覚えとけやぁぁ!!ってか、誰がクソ女じゃぁぁぁ!ボケても言うてええ事と悪い事があるやろぐぁぁぁー!!」とブチ切れた。

「…ごめん」と、父。

その一件を聞いて、母への申し訳なさでいっぱいになりながら、大爆笑してしまった。

愛を感じるなぁ、と。


やよいの事が大切なのだ。
やよいが愛おしいのだ。
やよいがいないと生きていけないのだ。
そのやよいが…大切なやよいがいない。
やよいを追い出したクソ女。
やよいを返せ。
やよいがいるべき場所にのうのうと居座る憎い女。

愛しか感じない。

ただ、愛するやよいを追いやったクソ女も、またやよいであるところが皮肉。

「私、クソ女やで。もう、しんどいわ」
と言いながら、爆笑する私につられて笑う母。

一緒にお茶をしながら母の愚痴を聞いている。


解決には至らないが、母の顔が徐々に柔和になってくる。

「話をする事」、「美味しいものを食べる事」って偉大だなぁ、と感じる瞬間。

そして、愛は色んな形で現れるんだと知った。

今日は私が父のうんこを替えようと思う。





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