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私のやりたいことと、ひとのやりたいこと

今日、Instagramのおすすめにあがってきた投稿のお洋服に、いいなあ、と思った。
思って、投稿を大体遡り、サイトやクリエイター自身のInstagramまで見て、いいなあを通り越してしまった。一瞬自分のことを考え、それから、愕然とした。

打ちのめされた、まではいかない。

ただ、「私がこれから何年かかけてやりたいことを、もう既にやっている人がいる。しかも私よりも年若くして」という事実に、愕然とした。

それでも、「その人だけが創れるものがある」と思っている私は、「同じようでも、ちがう人が創るのだから、ちがうものができあがる」と信じて、信じながら怯えながら、私の遥か先を駆け抜けていったように見えるその人と、ブランドとについて調べていった。

結果、「やっぱり同じようでも全然違った」、という答えが得られた。
私が想像し、思い描き、何年後にか、と思っているものと、その人の創る思いとは、ちがうところにあった。

けれども、私はこのことで、「創るひと」というのは、絶えず「他のひとがもうやってしまっているかもしれない」を考えているのだ、とその事実に直面し、畏れた。つくるひとは凄い。

「同じようでも全然違った」と安堵した私だが、同じように見えるもので、同じ思いで創っていても、やはりそれはちがうものだ、と信じている。

ひとが何をつくっていても、自分がつくりたいと、そう思ったならば、それを信じるしかない。
今のところ、そう思っている。

自分に創れるものがあると信じて、練習を積み重ねる。