#1『遅刻』

 なぜ、こんな時間になってしまったんだろう。6時前に起きたはずが、いつの間にか1時間近くも経ってしまっていた。
 予定していた時刻に目覚めても、瞬きをしている間に長い時間が経過してしまっていることが、半年に1回くらいのペースである。あの瞬間、私の体にはいったい何が起きているのだろう。

 少しでも早く家を出るために、必要最低限の身支度を普段の1.1倍くらいで速さで済ますと、なんと6時20分には家を出られる状態になっていた。自分の素早さに感心すると共に、これまでの毎日に無駄な時間が多大に含まれていることを知ってしまったようで少々落胆した。
 しかし問題はまだ解決していない。これから出掛けなくてはならないのだ。私は乗り換えアプリを開き、経由地の設定はせずに到着時刻のみを設定した。今日に関しては交通費のことなど眼中にない。とにかく間に合えば良いのだ。

 迅速な身支度をした甲斐あってか、今からでも間に合う行き方が2件ヒットした。片方は定期券の範囲にはない路線を使った経路。もう片方は、乗り換えの駅はいつもと違うが定期券の範囲からは外れない経路だ。私は迷わず後者を選択した。
 1時間寝坊してもまだ間に合う電車が残っているとは。きっと鉄道の神様が私の普段の善行を見てくれていたに違いない。ありがとうJR東日本。
 駅に到着したのは電車が出発する2分前。順調順調と思っていた矢先、信じられない光景が目に飛び込んできた。電光掲示板には先程乗り換えアプリで見た出発時刻が表示されていないのだ。私は自分の目を疑ったが、目に疑いを掛けたとて表示が変わるわけではないので、自分の目を信じることにした。
 目の疑いが晴れたところで、案の定、電光掲示板の内容が変わることはなかった。つまり、乗り換えアプリ乃至は電光掲示板の情報が間違っている。というか、十中八九アプリの方が間違っている。なぜだろう。ダイヤ変更のタイミングで更新されなかったのだろうか。それとも急遽出発時刻を遅らせなければならない理由があったのだろうか。考えていても仕方がない、とにかく今は急がねば。私は丁度やって来た電車に乗り込んだ。

 乗り換え案内が信用出来ない今、信じられるのは自分の感のみである。(朝っぱらから時刻表とにらめっこするのは面倒くさかった。)選択肢は以下の2つだ。

①アプリに従って、いつもとは違う乗り換え駅を利用する。

②出発時刻が少しづつずれて上手いこと乗り換えができないことに賭けて、乗り換え回数の少ないいつもの駅を利用する。

 正直、どちらも怖い。使い慣れない駅で迷うかもしれない。でも上手くいけば目的地に間に合うかもしれない。そもそも、どちらを選んでも遅刻するかもしれない。勝手に1/2の確率で間に合うと思っていたが、0/2の可能性だって大いにある。
 どうせ遅刻するならどちらを選んでも一緒だ。あまり深く考えず、ここは乗り換え案内に従うことに決めた。その方が遅刻の責任を私以外の「アプリ」という存在と分かち合えるからだ。その上、私がいくらアプリに文句を言っても、向こうから言い返されることはない。もはやリスクなどないのだ。

 それから約1時間が経過した。熟考の末、当初の予定通りプラン①を選択した結果……………無事、遅刻することなく目的地の最寄駅に到着した。やはり信じられるのは自分の感のみだったようだ。この気持ちを、アプリと分かち合う必要はないだろう。
 それにしても驚いた。目的の駅に着いてから気が付いたが、まさか定期券の期限が昨日で切れていたとは。結局、しっかり運賃を払うことになってしまった。

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