マガジンのカバー画像

日記・エッセイ

71
日々の日記、または過去のエッセイ。
運営しているクリエイター

#毎日更新

エッセイ#52『卒寿』

 親から「明日はスーツで行くよ。」と言われたのは、親戚一同が集まる食事会の前日であった。私は勝手に、ちょっと良いしゃぶしゃぶ屋くらいの会場を想像していたため、まさかのスーツ着用には驚いた。  当日、スーツを着て向かったのは父親の実家がある埼玉県某市である。食事会の会場は市内の結婚式場で、親族がスーツや着物で一堂に介していた。  集まった目的は新年会とのことだったが、どうやら私の祖父の卒寿祝いも兼ねているらしいという噂が、我が家で流れ始めた。誕生日はまだ先だが、祖父が今年で90

エッセイ#51『東京から』

 先日、三重県へ旅行をしてきた。  東海と関西の両方に属する三重県では各地のCMやテレビ番組が流れており、さらに伊勢神宮は観光客や修学旅行生で溢れ返っていたため、「これぞ旅行!」という感じで楽しい2日間だった。  そんな中、地元のおじさんと世間話をする機会が訪れた。「どこから来たの?」と聞かれると、私は咄嗟に「あ、東京です。」と答えてしまった。私の自宅は千葉県にあり、言わずもがな東京のいかなる市区町村にも属していない。  しかし、これは決して見栄を張ったわけではないのだ。も

エッセイ#50『日本語検定』

 高校の帰り道、電車の中で外国人に話し掛けられた。電車の中で話し掛けられるといえば友人か教員くらいだが、この外国人には全く見覚えがない。見る限り観光中という感じでもないので、道に迷っているわけではないのだろう。  咄嗟に「はい!?」と答えると、彼はマーカーが沢山引かれた問題集を手に持ちながら、深刻そうな顔で「これわからない……。」と相談をしてきた。どうやら日本語検定の過去問か何かを解いているらしく、穴埋め問題がわからずに困っているらしい。  何だそんなことか、日本語話者歴17

エッセイ#49『お兄さん』

 台東区浅草の雷門周辺には、人力車のお兄さんが何人も待機している。人を待っていようが写真を撮っていようが、形振り構わず話し掛けてくるあの精神は、もはやキャッチに近い。  この時の呼び込みの文言は、決まって「お兄さ〜ん!」である。私はお坊ちゃんでもお父さんでもないため、お兄さんと呼ばれても何ら間違っていないのだが、よくよく考えればおかしな話だ。その場には私以外のも無数の「お兄さん」に該当しそうな人がいるからだ。  子供でも子連れでもなければ、ほとんどの男性は「お兄さん」と呼ばれ

エッセイ#48『冬の風鈴』

 夏の風物詩を10個挙げろ、と言われればほとんどの人が「風鈴」をその中に含めるだろう。風の音をわざわざ聞かずとも、冷風を発生させることが可能になった現代でも、その認識に違いはないはずだ。  しかし、実際に涼しくなっているだろうか。恐らく風鈴は涼みを得るためのものではなく、そこに風があることを確認するための道具であり、実際の気温にも体感温度にも変化はないのではないだろうか。  このように私はつい先日まで、風鈴に周囲を涼しくする機能はないと考えていた。所詮はただのガラスである。風

エッセイ#47『ゆっくり』

 ここ数年で私の地元にも、自動レジが著しく普及した。  最初にその存在を確認できたのは、県道沿いのコンビニでのことだ。その後、駅中のコンビニや、ユニクロ、弁当屋などでも確認されるようになり、現在ではパン屋とディスカウントストア以外の大体の店に設置されるようになった。  先日近所のスーパーマーケットで買い物を終え、自動レジで精算していたところ、とあるモヤモヤを感じた。このモヤモヤの原因は自動レジの合成音声にあるのだが、いったいなぜモヤモヤしているのか自分でもよくわからなかった

エッセイ#46『影の薄い中学校』

 自身が住む街の公立中学校ならば、その名前を一度くらいは目にしたことがあるはずだ。学生服販売店や成人式の葉書などでも目にするが、最も見聞きする機会が多いのは部活動の地区大会だろう。  そんな中、聞いたことはあるものの存在しないと噂されている中学校を紹介する。  市内の中学校を調べてみたところ、想像以上の数があった。と言うのも、筆者は文化部に所属していたため、知っている学校はごく一部に過ぎなかったのだ。  その中でも多くは学校名に地名が付いているため、何となくの場所は推測でき

エッセイ#35『古本屋の思い出-中篇-』

きっと本は生きている 1年程アルバイトを続けてわかったこと、それは「本は独りでに動く」ということだ。  皆さんも書店や古本屋で経験したことがあるのではないだろうか。本棚に並べられた本の上部の隙間に、その売場とは関係のない本が横たわっていたり。平積みされた本の上に、数ブロック隣の本が置かれていたり。それはきっと、本が勝手に動いたことが原因だろう。  一度、私はこんなことを考えた。お客さんが一度手に取った本を、やっぱりいらないからと別のコーナーの本棚に置いたのではないか、と。しか