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最後の夜

2ヶ月以上ぶりにやっと会えた日。

他愛もない話をしながら、
彼が好きなラムステーキを食べに行った。
ラムのうまい焼き方を教えてくれて、
美味しい食べ方教えてくれた。

脂っこい食事にはウーロン茶じゃなくて
アイスティーが合うって豪語してた。
確かに合う。

食事の後、いつものようにホテルに行った。
ホテルに着くと、まずテレビを見る。
その間にお風呂のお湯を溜める。
その準備はいつも彼がやってくれる。

いつものように最初に私が入ってシャワーを浴び、湯船に浸かって『ふぅーっ』となった頃、
彼が浴室に入ってくる。
私は髪を洗って身体を洗う彼の姿をこっそり見つめる。
全身洗い終わると、湯船に入ってきて
私は後ろから抱きしめられる。

この流れはもう自然で、当たり前になってた。

誰かとお風呂に入るのは苦手だったけど、
彼と入るお風呂は好きだった。


無言で抱きしめられる。
『柔らかいなぁ』と言いながら彼が私に触れる。

私の頬の横に彼の頬があって、
ピタッとくっついて一つになったみたい。
湯船の窮屈さがより密着を後押しする。

聞こえるのは2人の息遣いと、チャポンという水の音だけ。
目を瞑って、全身で心地よさを感じる。

癒されるってこういうことなんだなぁ。


このまま、時間が止まってしまえばいい。
幸せなこの空間がいつまでも続けばいい。

お風呂の時間はいつも本当に幸せの時間だった。


お風呂から上がったあとは、ベッドで欲望を満たす。
彼はいつも私の表情を見て気遣ってくれた。

優しい。
いつだってとても優しい。

優しいから辛い。
私はなんなんだろう。
彼にとってなんなんだろう。
こんなに優しいのに、私は彼の何にもなれない。
気持ち良いけど、辛くて悲しい。
心と身体が反比例。もうダメだ。

急激に悲しさが込み上げてきた。
堪え切れず涙が溢れた。


私が泣いているのに気づいた彼は
『休憩しよう』と言って
2人でベッドにゴロンとなった。


『何か辛い事があった?』


聞かれたけど、
私は何も答えず、ただ上を向いたまま泣いた。
どうしても涙が止まらない。


彼と身体を重ねる度、
優しくされて気持ち良さが増せば増すほど
涙が止まらなくなっていった。


なんで泣いているかは答えなかったし、
彼もそれ以上聞かなかった。



30分ぐらい経ったところで、
彼は起き上がり、服を着た。

帰ろうと促され、私も服を着た。

車に乗っても、私たちは喋らなかった。


涙を止めるために、
私は助手席の窓から真っ暗な景色を見つめてた。

もう、私はこれ以上無理だ。


そう思った。



この日は私が彼の家の近くへ車で行ってて、
駐車場まで送ってくれた。



彼は、たぶん不機嫌だった。
急に泣き出して、セックスも中断。
何も言わない私が意味不明だったと思う。



こんな苦しい気持ちでいつまでも続けられない。
もう、この気持ちを話そう。

車が止まった。




『あのさ、私は彼女にはなれないの?』

「…今のところは彼女ではないかな」

『私、○○くんの事好きだから、こういうの、もう辛いよ』

「○○ちゃんが辛いのは良く無いよね」



『…分かった』


これ以降の事はよく覚えてない。
自分が分かったと言ったあと、どんな風に車を降りたかはよく思い出せない。
ただ、車を降りると、早めに彼の車が発進したのは覚えてる。


『辛いのは良く無い』
なんだよ、それ。
優しそうに聞こえて、全然優しくない言葉。
この言葉を聞いて、本当に私だけ、
私だけが好きで、私からのアプローチが無いと
会う事さえもないんだろうなと痛感した。


意を決して、好きだって言った事も
彼には受け止められる事はなかった。


私はやっぱりどこまでもセフレだった。



出会って9ヶ月。

笑い合いながらラムステーキ食べて、
お風呂で幸せを感じてから2時間後、
私たちはもう何の関係もなくなった。



あっけないもんだ。


簡単に終わってしまった。

私が繋ぎとめようとしてただけで、
もともと繋がってはいないもの。

もう彼を想って死ぬほど辛い夜を過ごす事は
減るかな。
いや、夜な夜な涙は出るだろうな。



彼が走り去った後、
自分の車に乗り込んだ。

少し楽になった気持ちと
虚しさ・苦しさ・辛さ・情けなさ・空虚が
一気に押し寄せてきて嗚咽して泣いた。


でも帰らなきゃ。
無事に家に帰らなきゃ。


涙が出るけど、涙を流しながら、
40分の道のりを帰った。


無事に家に着いた。
我ながら、よく運転して帰ってきたと思う。
いつもの『家に着いたよLINE』はもう送らない。

彼からの『無事に家着いた?LINE』ももう来ない。


さようなら。りゅうちゃん。
きっとあなたは今日も変わらず生きてるだろう。
幸せにね。


優しかった。
他愛もない会話。笑った話。
最後の夜から3ヶ月経った今でも思い出したら涙が出る。


私はあなたが好きだったよ。
人に対して不器用なところも、
ソファーの上で体操座りする姿も、
驚いた事に対して声がデカいところも、
淡々と喋るところも。

なんで好きなのかは分からないけど、
好きだった。



過去は過去において、もう明日を向こう。
明日もきっといい日になる。



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