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22年間の美容師生活からの考えること

駿河台大学という埼玉県飯能市にある大学を20歳で退学し、福島市に戻って美容師を志し、ハローワークで探したアメリカン美容院に就職し、通信で仙台理美容専門学校に通って免許を取って、24歳でスタイリストになって、25歳のうちにアメリカン美容院を退職し旧友と共に独立開業、slapを創って、12年間在籍しその間に(株)SLAP PROJECTに法人成りしたり、リニューアルで移転拡張したり、在籍中に個人で独自にWellを開業させ2足の草鞋で運営して、約5年前に12年在籍したSLAPの役員を退任して株式を譲渡し、新たにLucileを開業、今年2021年、後輩のサロンと事業提携して一緒に新たに合同会社to senceを設立、役員になり、3店舗目のillを開業。(今ココ)その間にクリエイションにもハマり、福島市で全国に発信できるクリエイター育成を目的にしたクリエイティブラウンジを5年前に発足。毎年、ヘアショーや、写真展といったイベントも開催し草の根の活動もしてきました。そのおかげで、去年、夢だった全国レベルの大会(THA)で自分自身ファイナリストになり、今年、メンバー2人が(JHAとTHA)ファイナリストに選ばれました。(福島市では初)

ざっくりと22年間の軌跡を。

ツッコミどころ満載ですが、自分で振り返ってもかなり色々な変容がありましたね笑。ちなみに、21歳で結婚、出産も経験し、今は20、17、16歳の子供がいる状態ですし、今現在山形市にマイホームがあり家族は山形市に住んでて、自分は福島市に住んでる2拠点居住を10年間やってるという強者です笑。

地方の美容師でこういう世界観で生活しているのは少なめなんじゃないでしょうか?僕の周りではいません。

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22年間で分かったことと、今本気で考えている事は、美容師で成功するのは大変で、一握り。そして単純に、子供にはお金がかかる。(笑)

今後、どうやってお金を稼ぎ、老後まで資金を運営していくのか?とか

さらに深く言えば、

人生の豊かさとは?

今のこの状況は満足できる人生なのか?

本当にこういう人生を思い描いてきたのか?後悔は?

そんなことを考えさせられます。

僕自身貧乏だった20代を経験し、練習用のウィッグ買うのも奥さんに負担をかけ、超絶大変だったし、『ずっと先が見えない』って言われてた。

店始めたのもノリと勢いだったからすごく大変で、最初の月は自分の売上30万とかだった笑/やばめ。

そんな中でも、人生を前のめりにもがいてきた結果、年収は約10倍とかに増えたんじゃないかな?今後もさらに増やしたいと思ってるし満足とかもしていない。

僕が今、人生の先輩として若い子たちに教えられるのは、経験から学んだ方法論、思考術と経験から掴んだ新しい未来の捉え方と戦略です。うちのサロンの若手や中堅、ベテランにもそれぞれに思考術や未来へ向けた話をしたいのでその整理がてらにnoteにまとめていきます。よろしくお願いいたします。




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