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OBが語る!!国立小学校受験のメリット・デメリット

 筆者は都内の国立小学校の一つに小学校受験で入学し、超進学校を経て、最終的に東大法学部を卒業した。筆者はこの6校の出身者を全て観測したことがある。したがって名門校の内部事情には普通の人よりも詳しいと思う。

国立小学校受験のメリット

 国立附属小学校のメリットは何よりも環境がいいということだ。同級生は裕福な家庭の人間が多く、育ちが良かった。しばしばネットで東大は金持ちばかりと言われるのだが、筆者は全く実感が湧かなかった。小学校の同級生はエリサラは庶民層で、その上に本物の富裕層がいたからだ。これは私立小学校も同様だと思う。ただし、国立小学校の場合は学費が安いし、私立のような敷居の高さもない。一つだけ断言するのは、家庭の経済事情でマウントを取るような人物はいないということだ。仮にいたとしても、そんな人物は周囲から浮いてしまうだろう。

 また、教員の質もかなり高かった。国立附属学校の教員は学校教師という業界の中ではかなりのエリートであり、問題を起こすような人物はいなかった。公立小学校の先生の場合、一定の確率でえこひいきを行う人物がいるらしいのだが、少なくとも筆者の観測範囲内ではこうした人物は見かけなかった。やる気を持ち、しっかりとしたマインドを持っていた人ばかりだ。一つは公立小学校に比べて問題を抱える児童が少ないため、指導に集中できるという要因があるかもしれない。社会科見学一つとっても非常に良かったと思う。また、文章を書かせる授業が多かったので、小さいころから文章を書くのが得意になったし、その成果はブログの執筆という形で生かされている。

 国立小学校は受験学力を上げるような教育はしない。いわゆる「中学受験に強い私立小学校」とは異質だし、公立小学校のようにしっかり補修をやってくれるわけでもない。塾は必須だ。ただ、小学校受験を志す家庭は例外なく教育熱心だろうから、これはメリットだと思う。学力を上げるような勉強は塾や家庭学習でやり、学校は教養と社会性を深める場として捉えてほしい。寧ろ管理教育をやってこないので、塾の勉強が邪魔されることがない。

 筆者は人生で他人から「育ちが良さそう」と言われることが多い。これは小学校の環境が影響しているかもしれない。筆者が東大時代に会った小学校受験経験者も確かに言われてみれば育ちの良さそうな人物が多かった。名門小学校はそこまで競争的な環境ではないので、中学受験のようなキツさはあまりない。名門小学校の合格は自分の力で勝ち取ったわけではないのだが、それもそれで良さがある。タワマン文学は明らかに誇張されているし、ああいった競争社会は小学校受験よりも中学受験に特有だ。

国立小学校受験のデメリット

 一方で、国立小学校にはデメリットも多い。最近のネットは競争社会を前提としている言説が多いので、デメリットの方が目立つと考える人が多いだろう。

 まず、国立付属小はいわゆる大学附属校ではないので、名門大学にエスカレーター式に進学できるわけではない。(ただしお茶高はお茶大への推薦枠がある)そのため、早慶付属の小学校のような特権的立場はない。最終的には普通の公立小の生徒と同じく受験して一流大学への合格を勝ち取らねばならない。また、附属の中学校や高校への進学はそれなりの水準が要求され、学力面で不十分だと内部進学の資格が得られない。解釈次第ではシビアな世界だ。

 小学校受験は生徒の学力を保証しない。小学校で名門校に行ったからといって、偏差値が高い学校に行けるとは限らないのだ。国立附属中学校では成績上位者の大半が中学受験で入ってきた外部性だった。これは中学受験の名門校と異質である。中学受験を志向する人からは「小学校で名門校に行っても金がかかるだけで意味ないじゃん」という風に見られることがある。中学や高校で勉強が難しくなると落ちこぼれてしまう生徒がたくさん出てくるし、物心ついた時から名門校に通っている分、しんどいかもしれない。小学生の時は上位1%にいたのに、その多くは学歴社会の上位1%には入ることができない。(何をもって上位というのは分からないが)

 小学校で名門校を出たとしても、そのことを履歴書に書けるわけではない。自分の力で勝ち取ったとはいいがたい受験のため、大学受験のような社会的威信は乏しい。以前は中学受験も似たような扱いを受けていたきらいがあったが、最近は中学受験がブームなので名門校に合格すればステータスはかなり高いだろう。

 外部受験は常に念頭に置いておく必要があるが、これまた厄介だ。外部受験をすると内部進学の権利を失ってしまう。外部受験は常にハイリスクであり、自信がないと手が出せないチャレンジということだ。附属中がありながら、外部中学受験に失敗して公立中に進んだ場合は精神的にしんどいのではないかと思う。ただ公立小学校にも中学受験をした場合は地元中学に進まないというカルチャーがあるらしいので、似たような感じかもしれない。

 筆者は勉強が得意だったので、なんとか荒波から逃れることができた。ほんとうに運が良かったと思う。小学校の同級生の中には学業面で苦戦してしんどそうな者や、受験に失敗して引きこもりになってしまった者もいた。ただこの点は他の学校に通っている人も同じだろうから、小学校受験に特有というわけでもないのかもしれない。

今後浮上しうる注意点

 現時点ではメリットともデメリットともつかないし、今後の方向性次第で動く可能性がある要素がある。

 国立附属は教育大の実験校であるため、文科省が前提としている6・3・3制を念頭に置いている。国立附属は中高の結びつきよりも、むしろ小中の結びつきの方が原則として強い。要するに、中高一貫校ではない。最近の教育の流行を見ると、中高一貫校がかなりメジャーとなっているので、国立附属のシステムは不人気となりうる。最近は公立中高一貫校なるものも躍進しており、国立附属としては脅威である。

 例えば国立附属は中高の進学をあまり重視していないので、高校受験を常に念頭に置く必要性がある。横国附属・千葉大付属・埼大附属の場合は附属高校が存在しない。というか、むしろ附属高校が存在する東京は例外的な存在だ。しかし、最近の首都圏では高校受験はマイナー化しているため、選択肢が少なくなる可能性がある。学芸大附属の人気低下も一つはこうした事情が原因だろう。

最終的な進路

 小学校の同級生の進学先だが、中央値は基本的にMarchだ。早慶以上に進学したのは全体の20%~30%程度だろうか。おそらくサピックス在籍者の期待値と言われている者に非常に近いと思う。環境の良さだけでたどり着ける限界値はこの辺りだ。中学受験の名門校のような実績ではないが、世間の平均よりはずっと良い値だと思う。ただ日東駒専に進学した者もそこそこおり、学歴コンプが強そうだった。

 基本的に小学校受験で名門校に合格した場合、目標とすべき大学は早慶だ。この辺りの私立大学はブルジョワエリートとしての性質があるし、小学校受験の名門校出身者は育ちがいいので、入ってからも一定の価値を持つことができるだろう。私大医学部に進学する人間も多かった。この辺りは努力と少しばかりの才能があれば名門小の生徒なら手が届きやすいだろう。小学校受験で頂点に立つのが早慶付属小であることは納得がいく。

 早慶が無理でもMarch辺りに落ち着けば及第点である。進学の仕方は様々だ。内部進学レースに高校まで生き残って進学した勢がいる。中学受験や高校受験で附属校に行く勢がいる。興味深いのは公立高校に進学した後に「働きバチの原理」で学力が浮上して早慶Marchに進学した人々が結構多いことだ。雑多な世界に出たことでかえって自分の長所を客観的に見直すことができ、かえって愛校心が強まるというケースもある。

 ただ、東京一工に関しては完全な別格扱いで、特殊な才能と執着がなければ無理だ。そもそも小学校受験の名門校は超難関校への受験を念頭に置いているわけではないので、別の要素が必要とも言える。ただ日本社会で生きていく上では早慶で十分なので、無理して目指す必要はない。

 卒業後を見てみると、なぜか小学校の同級生は豊かに生きている人が多い。必ずしも一流大学に進学しているわけではないのだが、それなりに安定した人生を送っている人間がほとんどだ。東大の同級生とそこまで変わらないし、過酷な競争社会に晒されていない分幸福度は高いかもしれない。

 なお、意外かもしれないが、アッパー層から高学歴は尊敬される。彼らは経済的に満たされている人物が多いので、別の要素に憧れるのだ。一流大学に進んでエリサラをやっている人たちは彼らから見るとすごい人に見えるのである。悠仁親王が東大進学を考えているという噂が本当ならば、あまり不思議には思わない。ただ、後述の通り東大は未来の天皇陛下にとってふさわしい環境とは思えないので、余計なお世話かもしれないが、お勧めしない。

小学校受験と東京大学

 筆者は超進学校や東京大学に在籍したこともあるので、カルチャーの違いもよく分かっている。まずはっきりさせておきたいのは、東大が中学受験の学校だということだ。東大生の多くは中学受験を重視している。高校受験や小学校受験ではない。公立小学校から中学受験で有名中高一貫校に行き、そこから東大に合格するのが一番オーソドックスなコースであり、東大の世界観も彼らによって作られている。

 中学受験のプリズムで見ると、小学校受験の名門校は総じて微妙である。少なくとも超一流校という扱いではない。暁星や雙葉という名門校も御三家をはじめとした有名進学校には「格」で負けてしまう。国立附属も同様で、学芸大附属やお茶大附属の中学受験市場での評価は中堅上位校だ。筑波大付属は難関だが、それでも筑駒や開成には勝てない。中学受験という業界はブルジョワ要素と偏差値エリート要素の要素が入り混じった独特の世界なのだ。

 小学校受験組で東大を狙える学力のある者はしばしば中高の受験で御三家をはじめとした有名進学校に外部受験することが多い。例えばクイズノックの伊沢氏は暁星小から開成中に進学した。筆者もこうしたルートをたどった一人である。外部受験をした理由は学校に不満があったからではなく、まだ見ぬ世界に冒険してみたかったからだ。超進学校に進学してみると意外に似たような国立附属小の出身者を結構見かけることができた。彼らは全員が東大に進学した。もちろんそのまま内部進学で高校まで行って東大合格する人も多い。彼らはスーパー内部の天才という扱いである。

 しばしば地方公立から東大に進学した人間から見ると有名中高一貫校の人間は育ちのいいボンボンに見えるらしい。しかし、小学校受験組の筆者から見ると、中学受験の名門校はたたき上げの競争社会に見えてしまう。ひ弱な小学校受験組のお坊ちゃんは中学受験組のパワーエリートに圧倒されていく宿命を持っている。例えるならば、戦前の華族と士族のようなものだ。華族は確かに豊かに育っているかもしれないが、陸軍大学校や帝国大学では士族上がりのエリートに全く太刀打ちできず、戦後に軒並み没落していった。筆者の小学校の同級生の中にも中学受験や高校受験で有名中高一貫校に進学したが、過酷な競争社会のカルチャーに馴染めず、中退して落ちこぼれてしまった者がいた。ただ、最終的には何とか早慶や医学部にたどり着いているので、腐っても名門校だ。

 いろいろ考えたが、筆者は小学校受験をして良かったと思う。間違いなく子供時代の環境は良かったし、同級生に聞いても満足度は高かった。筆者は超進学校時代に過酷な競争社会に心折れそうになったことがあるが、その時に手を差し伸べてくれた同級生も国立附属小の出身者だった。大学時代に対人トラブルで苦悩した時も救ってくれたのは同じ小学校出身の先輩だった。もしかしたら似た環境の人間は自然と親近感が湧くのかもしれない。中学受験と違って贅沢品扱いされがちな小学校受験だが、やっぱりいいことはあるのだ。

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