<地政学>「多民族国家は国力が弱い」のウソホント

 国力について論じているが、またまた補足記事である。

 以前の記事で国力を指し示すパラメータとして最適なのは領土・人口(動態)・経済水準なのではないかという説を提唱した。このパラメータは「軍事力」「経済力」といったパラメータと違ってお互いが独立であるという理論的背景によるものだ。

 ところで、この3つのパラメータで説明できなそうに見える要素として「民族的均質性」がある。一般に、国民国家として団結するには民族的な均質性が必要であり、それは国力の不可分な一部ではないか?という考え方がある。

 筆者の見解では、民族的均質性を国力の考察に織り込む必要はない。確かに多民族国家には固有の弱点があることは事実だが、それらの大半はこの3つのパラメータで表現可能である。別にダイバーシティ信者というわけではないが、〇〇国は多民族だから弱いといった言説はあまり真に受けない方が良い。

 真っ先浮かぶ言説として「多民族国家は紛争が起きやすい」という俗説がある。これはおそらく間違いである。大半の政治学の書籍に民族構成と紛争の無関係さが強調されているはずだ。これは政治的な綺麗事ではなく、事実である可能性が高い。

 重要なのは民族というものが紛争における「チーム分け」の一つでしかないことだ。宗教だろうが、部族だろうが、イデオロギーだろうが、この手の亀裂は無数に作ることができる。それよりも紛争の発生ファクターとして重要なのは経済水準である。民族がどうなっていようと最貧国は内戦ばかりで、先進国で内戦が起こることはない。

 多民族国家の政治でありがちなのは権力者が自分の民族だけを贔屓するというものだが、この問題は民族ではなく、腐敗の方だ。経済水準が低い国は大抵が腐敗しているので(両者の相関は極めて強い)政治家は何らかのチーム分けに従って利権を分配することになる。同時に腐敗国家は統治能力も低い。国民が不満を貯めると反乱が発生し、国家はどこかしらの断層によって引き裂かれる。

 中華民国やアラブ諸国は単一民族国家としての性質が強いが、経済水準が低いため、激しい内戦で国家は分裂状態にあった。一方でスイスやベルギーは多民族国家だが内戦は発生していない。民族構成にかかわらず、経済水準が低いと紛争が発生し、経済水準が高いと紛争は発生しないようだ。

 また、多民族性は経済ともそこまで関係がなさそうだ。多民族国家が発展しないという命題に従うと、ベルギーとスイスは周辺諸国に比べて貧しくないとおかしい。しかし、実際は両国は周辺諸国と経済水準は変わらない。単一民族国家が発展に有利という言説に従うと、ソマリアとスワジランドは周辺諸国に比べて豊かでないとおかしい。これはどう見ても暴論だ。直感的に考えても多民族性と経済水準の間の相関は無さそうに思える。

 軍事面ではどうか。第一次世界大戦でオーストリア=ハンガリー二重帝国の弱さを多民族性に求めている記述は多い。ただし、筆者はこれに懐疑的である。確かにそうした側面はあったのかもしれないが、それ以外の要素の方が大きかった。主要参戦国の工業生産高はドイツ>イギリス>フランス・ロシア>二重帝国>イタリア、であり、戦場での強さもこの通りだった。二重帝国は単一民族国家のイタリアよりも常に戦場では強力だった。ロシアには叶わなかったが、ロシア帝国は二重帝国よりも早くに崩壊し、二重帝国の勝ちとなった。これもまた、ロシアの経済水準が二重帝国よりも低かったことで説明が可能である。

 それでは他民族国家の弱みとは何か。それは分裂し易いことにある。単一民族国家はこの点で強い。二重帝国やソ連は帝国の崩壊と共にバラバラになった。単一民族国家であれば遥かに強靭だったフランスやイタリアは国土が分裂しなかったし、ドイツは再統一を果たしている。しかし、この側面も「領土」のパラメータで吸収可能である。領土が分裂すると国力は弱まる、これで済んでしまう。ついでにいうと、東西ドイツのように民族が同一でも分裂すれば国力は自明に弱まるだろう。

 また、多民族国家は国土が広大だったり、交通に難があることが多い。多民族性はこの場合、「領土」の結果である。インドネシアのような群島国家に紛争が多発するのは仕方がないことだ。この場合もやはり「領土」というパラメータで説明できてしまい、民族性を持ち出す必要性は乏しい。インドネシアの多民族性は交通難の結果であり、民族性は結果にすぎないのだ。

 まとめよう。多民族国家は確かに単一民族国家よりも揉め事が多そうに見えるが、それらは全て「経済水準の低さ」「領土の広さ」「領土の分裂」のどれかで説明できてしまい、独立したパラメータとして取り上げる必要性は低い。ベルギーとボスニアを分けたのは経済水準の違いであり、多民族性それ自体ではないだろう。

 なお、強大な国家はしばしば多民族国家である。アメリカとソ連が良い例だ。この場合は「強大だから多民族」と言えるかもしれない。強大な国は多くの領土を支配できるし、少数民族も統治に不満を抱えることが少ない。国家の屋台骨が揺らいでしまうと、少数民族は泥舟から逃げ出してしまう。これが二重帝国とソ連に起きたことだった。

 民族が多様だと政治的な揉め事は多くなるかもしれないが、それらは他のパラメータで説明可能であり、独立した要素として取り上げる必要は無さそうだ。民族と国家の関係性は複雑極まりないが、意外にもこの点に深入りしなくても地政学的考察はできてしまうのである。

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