イスラエルのやっていることはジェノサイドなのか

 イスラエルに対する批判としてしばしば挙げられるのが「イスラエルはナチスドイツ」と同じことを行っている、というものだ。確かにガザ地区の膨大な犠牲者を考えれば、イスラエルがこの手の批判を受けることは間違いないだろう。現に、南アフリカは国際刑事裁判所にイスラエルを提訴している。

 しかし、本当にイスラエルの行っている行為はナチスドイツと同列と言えるのか。正直なところ、こうした言説はナチスドイツを甘く見ているのではないかと思われる。史上最悪の帝国の行った残虐行為はイスラエルの比ではなかったのだ。

 一般に歴史的な惨劇とされるものは責任の重さによって3段階に分けることができるだろう。

①積極的な殺意は無かったものの、政権の怠慢や人命軽視によって膨大な犠牲を出したもの(大躍進政策やインパール作戦など)
②殺害そのものが目的ではなかったが、非人道的な政策の一環として膨大な犠牲を出したもの(原爆投下やシベリア抑留など)
③明確に特定の非戦闘員を殺害することを目的とした、意図的な殺人政策(ホロコーストや大粛清など)

 それぞれ未必の故意・故殺・謀殺に相当するかもしれない。通常ジェノサイドと言われるのは③である。ナチスドイツのホロコーストやルワンダで1994年に発生した虐殺はジェノサイドの典型例で、人類における最悪の大罪とされる。ジェノサイドの定義は民族や宗教といったエスニック集団をベースにしているため、大粛清やカンボジア虐殺が相当するかは微妙である。ジェノサイドの定義が行われた時はソ連の反対で意図的に政治犯は除外されたし、カンボジア特別法廷でも最後までジェノサイドの可否は曖昧なままだった。しかし、意図的な殺人政策という点ではジェノサイドも粛清も本質的には変わらないだろう。ナチスは征服地の住民に対して「ユダヤ人を差し出せ」と命じたが、共産党は住民に対して「お前たちで話し合って敵を〇〇人差し出せ」と命じたのである。

 歴史家のティモシー・スナイダーは自著の中で②と③の違いについて述べている。ソ連やナチスドイツの行った強制労働は膨大な死亡者を出したが、これらは労働を目的としており、殺すための作戦ではなかった。ソ連の収容所は収容者の9割が生きて外に出ることができた。大戦末期に膨大な餓死者を出したし、看守による虐待も頻発していたものの、ダッハウやベルゲン・ベルゼンといった労働収容所も同様である。到着後、数時間以内にガス殺されていたユダヤ人とはわけが違う。

 さて、イスラエルは特に積極的にガザの住民を救おうとは思っていないので、①では無さそうだ。今回のイスラエルの行動は分類するなら②だろう。日本本土空襲や沖縄戦の巻き添え被害と同列の行為である。惨劇であることは間違いないが、ホロコーストと同列と言うのは難しい。③の殺人政策を行っているかと言えば、そうとも言えない。武器を持たないガザの一般人が命乞いをすれば、イスラエル兵は積極的に殺したいとは思わないだろう。イスラエル軍は遵守しているかは別にして民間人の避難地域を指定しているし、民間人犠牲者に無頓着であっても、積極的に殺そうとはしていないはずだ。ホロコーストの場合は、命からがら逃げようとするユダヤ人を親衛隊が捕まえてガス室に放り込んでいた。ユダヤ人はドイツ人に対して一切抵抗しなかったのにも関わらず、単にユダヤ人であるというだけで殺されていったのだ。ガザの殺戮はあくまで戦闘の一環としての巻き添え被害なのに対し、ホロコーストは戦闘とは無関係な殺人政策であり、一般の戦争犯罪とは明確に区別されている。

 イスラエル国防軍が出した膨大な犠牲者は、戦争犯罪として訴追される可能性はあるが、ジェノサイドとして定義するには無理がある。住民が死んでも構わないとは思っているだろうが、意図的に殺している訳では無い。ハマスの構成員であっても、投降して無害だと分かれば理論上は生かしておかれることになる。ドイツ軍は東部総合計画を実行するためにソ連軍捕虜300万人に意図的に食料を与えず、殺害した(フランス軍やポーランド軍の捕虜はあまり死んでいないことがナチスの意図を裏付けている)。こうした事態は今のところは起こっていない。

 イスラエルの行為がナチスドイツと同列と言えるのは具体的な大量殺人政策に移行した時だろう。ナチスドイツは1940年の時点でユダヤ人をゲットーに隔離し、大量の餓死者を出していたが、まだこの時点ではホロコーストは開始されていなかった。大規模な殺戮が開始するのは1941年6月の独ソ開戦からだ。ナチスが占領したキエフやミンスクといった都市でユダヤ人が強制的に駆り集められ、大量射殺が始まった。ワルシャワでもゲットーに住む40万のユダヤ人が少しづつ移送されていき、ガス殺された。

 イスラエルが仮にガザの一般住民を数万人単位で大量に銃殺したり、南部の砂漠地帯に移送して大量餓死をさせたらジェノサイドと言えるだろうが、現時点ではまだその水準には達していない。核攻撃でガザを消滅させるべしという主張もあるが、こうした人物はイスラエル国内でも危ない人扱いであり、ネタニヤフも即座に拒否している。今のところ、イスラエルの目的はガザを大人しくさせることであり、人口を削減することではなさそうだ。

 なお、紛らわしいのだが、大量殺人政策とジェノサイドは別だ。大量殺人を伴わなくても、特定のエスニック集団を消滅させることを目的とした人権侵害はジェノサイドと定義される。例えば特定の民族に対して強制的に不妊手術を施し、言語と文化を禁止し、生まれ育った村からバラバラに各地に強制移住させれば立派なジェノサイドである。一方で、大量殺人政策であっても、大粛清のように特定の民族集団に基づいていない場合はジェノサイドとはならない。

 微妙なのはカンボジアのケースだ。少数民族への虐殺を根拠にジェノサイドの罪で訴追されたものの、少数民族に限らずありとあらゆる人間が当時のカンボジアでは殺害されており、少数民族という理由は数ある口実の1つに過ぎなかった。ただし、クメール・ルージュはベトナム人を「退治」すると称して国内のベトナム系住民を絶滅させているので、少数民族へのジェノサイドをしていないわけではないのだろう。何れにせよ、クメール・ルージュの異常な大量殺戮の中では民族的ジェノサイドという犯罪は埋もれてしまう。ベトナム人やチャム人といった少数民族はたしかに他の住民よりも殺される確率は高かったが、他の犠牲者を差し置いて彼らだけにスポットライトを当てることは不公平だろう。ロン・ノル政権軍の兵士や高校教師といった集団は少数民族と同等か上回る頻度で処刑されている。

 今のところ、イスラエルはガザの住民を改宗させたり、強制移住させたりといった行為には及んでいないので、この点でもジェノサイドとは言えなそうである。イスラエルがガザの住民をシナイ半島に追放するという腹案が明るみになっていたが、エジプトは断固として拒否するだろうから、現実的では無さそうだ。

 イスラエルはたしかに大規模な暴力を行使しているが、大量殺戮政策とまでは言えない。比較の問題でしかないが、残忍さという観点ではシリア・アサド政権の方が上回るだろう。アサド政権は民間人居住地域の爆撃のみならず、政治犯8万人を死亡させているらしい。アサドは国際法廷に訴追されたら有罪になる可能性が極めて高い人物であり、仮に政権を失って逮捕された場合、確実に終身刑となると思われる。現にアサド政権の拷問担当者だった人物は、ドイツ移住後に身分が発覚して終身刑となっている。ネタニヤフが訴追される可能性もゼロとは言えないが、せいぜいプーチンと同列のレベルだろう。仮に両者が終身刑であれば、アメリカの歴代大統領は全員逮捕されるはずだ。同盟国という点を除いても、アメリカはイスラエルの訴追に賛同しないだろう。(この点ではアメリカは結構慎重であり、自国の爆撃の批判をされたくないからか、東京裁判の時も中国への無差別爆撃を行った井上成美はお咎めなしだった。)

 今後、イスラエルは何らかの形でガザ地区を直接統治せざるを得ないだろう。イスラエルにとって恐ろしいのはジェノサイドというよりアパルトヘイトとしてそしりを受けることかもしれない。イスラエルがパレスチナの占領統治を強め、入植地の建設を推し進める度に、パレスチナはイスラエルに不可分に統合されていく。こうなると、パレスチナ人にイスラエル人と同様の権利を与えないことが差別のように見えてしまうだろう。今後のイスラエルがアパルトヘイト犯罪で追求される可能性は大いに有り得るし、シオニズムは試練にさらされると思われる。


 


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