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理科二類からの医学部進学ってどうなん?〜現代の帝大入試の最難関〜

 東京大学には進学選択という独特の制度が存在する。入学時点では実は学部別の入試を行っておらず、文科一類から理科三類までの6つの科類で募集を行っている。大学2年から3年に上がる時に進学選択という制度によって自分の入る学部を成績順に決めていく。したがって東大の場合は自分の入った科類と学部の方向性が大きく異なるという現象が珍しくない。筆者の周囲を見ても、文科一類から工学部に進んだり、理科一類から法学部に進んだりといった人間は何人も存在する。

 こうした制度が作られた起源は、おそらく戦後の学制改革だ。戦前は旧制高校と帝国大学は別れていた。旧制高校は現在の大学教養課程、帝国大学は現在の大学専門課程に相当すると考えて良い。東大の駒場キャンパスは旧制第一高校、本郷キャンパスは東京帝国大学の敷地である。旧制一高の入試はかなりの難関で、現在の東大入試を彷彿とさせる。一方で帝大に関しては旧制高校の定員を充足していたため、学部を選ばなければ無試験だった。東京帝大の法学部や医学部のような人気学部のみが熾烈な競争の対象だった。

 東大の進学選択は現代まで残った帝大入試だ。東大の進学選択は「最後の受験」とも言えるのである。教養学部の成績が問われるので、ジェネラリスト的に色々な科目を勉強しなければならない。本郷に進んでからは専門課程に分かれるので、今までの受験のような性質の試験はなくなってしまう。

 ところで、その「現代の帝大入試」たる進学選択の中で頂点に君臨するのが医学部への進学である。東大医学部は理科三類のイメージが強いが、実は他の科類からの枠が13個存在する。理科二類から10人、その他から3人だ。教養課程での成績はトップの中のトップである必要がある。東大内部では「医進」と呼ばれ、尊敬の対象である。

 東大理三と医進、どちらが難しいかというのはしばしば議論に上ることがある。ネット上では医進が学歴ロンダかのように扱われる時があるが、これは東大を知らない人間の書き込みだと思う。東大理二の中のトップ2%の成績を獲得することがいかに難しいか、これはなかなか伝わらないかかもしれない。確かに中央値を取れば受験勉強ほど真面目に勉強している学生は少ないかもしれないが、医進を目指す学生の間では熾烈なバトルが繰り広げられており、決して甘いものではない。

 筆者の周囲には東大理三の人間は何人も存在したし、医進した人間も何人か存在する。一方で医進に失敗した人間も知っている。果たして東大理三と医進、どちらが難しいのだろうか。

 結論から言うと、基本的にこの手の難易度は均衡する。到着点が東大医学部という同じところなので、需要と供給が揃ってしまうのだ。偏差値というものはある種の水位のようなもので、明らかに簡単な入試方式があったら、そちらの方に人間が押し寄せるので難易度は均衡する。特に医学部は入ったもの勝ちなので、その傾向は強まる。「入りやすさ」という点では両者はあまり変わらないと思う。

 ただし、東大理三と医進は求められる能力は大きく異なる。前者の異常な難易度は良く知られている。後者の場合はとりあえず理二に合格する受験学力は必要なのだが、そこから要領や運も必要となる。狙って医進するのは極めて難しい。例えるならば、中学受験と大学受験の違いのようなものだ。医進という名の最難関帝大入試で必要な能力は大学受験と全く違うのだ。

 筆者の知る範囲では、東大理二から医進した人間の多くは理科三類を断念した人間が多かった。東大医学部一択という訳では無いが、とりあえず東大に進学し、そこから医学部を狙いながら他の学部も天秤に掛けるという人が多い。後期入試があった時代は敗者復活のために理科二類に進学するという人間がかなり多かった。

 では医学部目的で東大理二に進学することはどうなのか。筆者の経験からすると、やめたほうが良い。あまりにも難易度が高い上に運ゲー要素が強いからだ。入試の時に上位の人間が入ってからの成績が上位とは限らない。第二外国語の担当が楽単か否かにも左右される。確実性という観点で大学受験から大きく下がるので、失敗する人間がほとんどだ。

 東大理三に不合格になっても、他に合格できる医学部は沢山存在する。これに対し、東大理二に進学した場合は医進に失敗すると医学部に行けなくなってしまう。この損失は大きい。キャリアという観点ではどの大学に行くかよりもどの業界に行くかの方がよほど大事だ。東大理三にわずかに届かない層の人間は、慶応医学部や京大医学部に行った方が明らかにその後のキャリアでは有利なはずだ。理科二類に合格できる人間の場合は、千葉大までには収まるはずである。

 医学部狙いの東大理二はどう見ても賢明な手段とは言えない。筆者の知る限りでも、現役時に理三に落ち、浪人時に理三にチャレンジしようと考えるも、自信がなかったために東大理二に進学した人がいた。結局医学部には行けず、全然関係のない学部に進学することになった。京大医学部や阪大医学部に変更した方が良かったのではないか。理三病でないのなら、そこまでして東大医学部にこだわるメリットは無いし、京大や阪大でも大きな差は無いだろう。最も医学部よりは東大にこだわりたいという人間はいるのかもしれない。ただ、そうした人は専攻に対するこだわりはなさそうなので、進路等で有利な理一の方が良さそうだ。

 ちなみに、医進した人間は何人か知っているが、全員凄まじく優秀である。超進学校で首席クラスだった人間や、駒場の成績が1位だった人間、科学五輪のメダリストも知っている。人材のレベルで言えば東大理三と同等だろう。



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