別に書くほどでもない論文の読み方

修士課程から分析哲学を始めてみて、この冬どうにか修士論文を提出し博士課程へ進学した。で、最近ようやく「論文の読み方」が身についてきた気がするので、整理も兼ねてNoteを書いてみる。おそらく、ここに書いたことは分析哲学をやっているほとんどの人にとって常識なのだろう。ただ、おそらくは常識だからこそ、私がM1のときに「みなさんはどうやって文献を探してますか?」と尋ねたとき、何かふんわりした答えしか貰えなかったのだと思う。以下に書くのは、少なくとも私がM1のときこんな風に教えてもらっていたらもう少しマシな修論を書けたかもしれないのに、という反実仮想Tipsである。

なるべく新しくて重要そうなやつから

本当に書くほどでもない当たり前のことだが、論文は「なるべく新しくて重要そうなやつから」読むようにすべきだと思う。そうは言っても「何が重要なやつか」というのは、その分野についてある程度勉強して初めて分かることだろうから、何かそれを識別するための一般的な方法を挙げることは難しい。とりあえず、取り組んでいる研究テーマにどんぴしゃな論文や、自分の考えに近そうなやつ、あるいは逆に自分の考えとバッティングしてそうなやつなどが、典型的な重要論文だと思う。この点に関してはあとでもう少し捕捉するとして、もっと手軽に文献探しの効率を上げてくれるのはむしろ「なるべく新しいやつから」読むという戦略の方だ。たとえば、2010年代に凄い影響力を誇った論文であっても、2020年代にはすでにいくつかの反論が寄せられているかもしれない。それに、そういう重要な論文はより新しい論文が参考文献として引いている可能性も高い。なので、「重要そうなやつ」を探すという意味でも、まずは「なるべく新しいやつから」読むという意識をもつ方が良いと思う。

Google ScholarとPhilPapers

いくら私が素人だったとはいえ、上に書いたことぐらいは流石に知っていた。知らなかったのは、具体的にどうやって「なるべく新しくて重要そうなやつ」を探すのか、ということだ。この点、ちゃんと教えてもらったことはなかったのだけれど、最近になってなんとなくやり方が固まってきた気がするので、書き出してみる。

(なお、最近知り合いのしごでき研究者のブログをご紹介いただいたので、以下に貼っておく)

私が文献探しに使っているツールは主に二つ、Google ScholarとPhilPapersだ。PhilPapersは哲学に特化した検索ツールなので、「何が重要なやつか」まだよく分かっていない段階では、こちらの方が重宝する。Google Scholarだと他分野の文献までうじゃうじゃと検索ワードに引っ掛かってしまう恐れがあるが、PhilPapersだとそのストレスが少ない。あと、PhilPapersはかなり細かく哲学のカテゴリーを分けているので、カテゴリーで絞って検索するだけでも新しくて重要な論文が見つかる可能性もある。

ただし、どちらを使うにせよ、検索ワードに引っ掛かる文献は膨大なので、検索結果を下に追っていくだけでも疲れてしまう。そこで、以下二つの機能を使うようにしたら文献探しの効率がぐっと上がった。

第一に──今から思うとこの機能を知らないまま修士課程が終わったというのは激ヤバなことなのだが──発表年でフィルター・ソートを掛けること。Google Scholarであれば検索結果に表示される文献の発表年をフィルターできるし、PhilPapersであれば降順でソートを掛けられる。「重要そうなやつ」がよく分からずとも、「なるべく新しいやつ」を見つけることは少なくともできるようになるわけだ。

第二に、被引用文献を検索するという手がある。第一の方法とは逆に、とりあえず重要な論文を特定できたとしよう。どちらのツールも、その論文を引いている論文を検索する機能がある。さきほど書いた理由により、まずは重要なやつを引いている「なるべく新しいやつから」読んだ方が、長い目で見て効率が良い可能性が高い。なのでこの機能も重要。

この二つさえ使えれば、能動的に文献を探すのには困らなくなると思う。加えて、アラート機能を使って受動的に文献を探すというやり方もある。正直、この方法はまだ使いこなせていない。一応私の使い方を書いておくと、PhilPapersは気になるカテゴリーを指定すると週一くらいで最新文献の情報をメールしてくれる。Google Scholarは色々なカスタマイズができるみたいだが、「指定した文献を引用した文献が発表されたら」アラートを飛ばすという設定ができて、とりあえずこれは便利。

そもそも私は何を読みたいのか

あらためて、ここまで書いたことは分析哲学をやっている人にとってほとんど常識かもしれない。しかし、そういう人からすれば信じられないかもしれないが、私のように異分野からこっちに来た人は「そもそも検索ワードが分かんない」ということがある。あるったらある。

そもそも、分析哲学という分野においてどういう領域があり、どのような議論が蓄積されているのかを概観するために、東大の鈴木先生のサイトは大変参考になった。論文をどんどん読み進めていくようになる手前の段階、「日本語の教科書で何か良いのないかな」フェーズでとても良いガイドになると思う。

日本語の教科書レベルの知識を得て、もう少し興味のあるカテゴリーを特定できたら、それに関するまとまった論文集を見つけて、気になった箇所(だけ)を読む、という方法が次のフェーズとしてはいいのではないか。

たとえば、(ちょっと古くなっちゃったけど)道徳心理学であれば太田紘史編『モラル・サイコロジー』とか、

メタ倫理学であれば蝶名林亮編『メタ倫理学の最前線』とか、そんな感じ。

ここから先はもはや日本語で読める文献が限られてくるので、英語で読む覚悟を決めるしかない。分析哲学系のEncyclopediaとしてはStanford Encyclopedia of PhilosophyとInternet Encyclopedia of Philosophyが、初学者向け雑誌としてはPhilosophy Compassが、HandbookとしてはThe Oxford HandbookとThe Routledge Handbookあたりが有名どころだと認識している。ここらへんと並行して「なるべく新しくて重要そうなやつから」読んでいくようにしていれば、もう少しマシな修論が書けたんだろうなぁ……って思う。

時には昔の話を

何度も繰り返すが、たぶんここまでの話は常識だ。だからこそみんな命題知としてはあまり意識していなくて、尋ねてもふんわりとした答えしか返ってこなかったんだと思う。とにかく、ここまで書いたことが常識だと思えるようになれば、あとはどんどん論文を読んでいけばいいはず……などと言ってみたい一方で、何か違うと思う自分もいる。なんというか、こういう「型」を身につけて作業の量と質を上げていくことが決定的に重要だという思いと、その「型」にオーバーフィットしてしまうのもマズいのでは? という両方の思いがあるのだ。最近の論者はみんなこの問題が重要だと考えて議論を蓄積しているけど、それって本当に「重要」だったっけ……? みたいな。

そういう違和感が消えないとき、ここまで書いたような話を全部無視して、古いし最近は主題的に論じられなくなった先駆者の文献に正面から向き合う、みたいな時間は決して無駄ではない気がする。「まずは『なるべく新しくて重要そうなやつ』を網羅してから言え」という内なる声も聞こえるけど。

なお、私が所属している研究室の皆様は異常に優秀で、M1に上がってくる段階で以上のことをすべて理解し、実践している節がある。そういう方々を見ると意味なくひっぱたきたくなるけど、意味がないしハラスメントなので、私は私のペースで研究を進めていきます。

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