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絶望のエクスプレス

深夜0時10分、駅前にタクシーが1台。

あぁ、よかった……

そう思ったのも束の間、タクシーは後ろから近寄るぼくに気付かずに、新たな客を求めブオォオンと走り去ってしまう。これが銀行の前だったら強盗でもしてきたんじゃないかと思うほどの勢い。終電を過ぎて閑散とした駅前に、車のエンジン音が猛々しく響く。


仕事終わり、職場で仲良しの先輩と、イタリアンバルでワインを楽しんでいた今夜。

入社して9年目で中堅と呼ばれる世代になり思うことのひとつは、人の年齢は見た目じゃぜんぜんわからないということだ。今日飲んでいた先輩は特にそうで、10歳近く離れているのに同い年だと言われても違和感がない。

コンサル会社と上層部の意見が合わなさすぎて板挟みになって苦しんでいること。この前会った広告会社の営業さんが大のアニメ好きで、「名探偵コナンの映画タイトルっぽい言葉選手権」で大盛り上がりしたこと。

真剣な話も、しょうもない話も、他部署だからこそ話しやすいことがたくさんあって、お互い次の日も仕事というのに話題は尽きない。それに合わせてお酒もガンガン進む。好みの白ワインにも出会えて大満足の一夜だった。

2軒目のお店を出たのは23時過ぎで、終電の数本前にはきちんと乗車した。健全で良質な飲み会。


なのに!!!


乗り慣れた京阪電車。だからこそなのかもしれないが、ぼくはいつもの「普通」電車じゃなく、「特急」電車に乗っていることを忘れていた。

先輩に「今日はありがとうございました!」のお礼LINEを送り終えて顔をあげると、電車はちょうど乗り換えで降りないといけない駅に。

!!!!!


反射的に立ち上がって扉へと小走る——が、遅かった。安全対策で最近になって設置されたホームドアが、ピロンピロンと音を立てながら閉じていく。電車の扉なら軽く挟まれてでも強引に出ようとしたかもしれないが、ホームに設置された白のドアはそんな気持ちがしないほどに分厚く、籠城戦を決め込んだ城門くらい拒絶的に見えた。

そんなホームドアを呆然と眺めているぼくの手前で、無情にも車両の扉がぷしゅうううと閉まっていく。


楽しい記憶はもうすっかり消えてしまった。

次の停車駅までは20分。乗り換えアプリで戻ってこれる電車を必死に探す。

えーっと、次の駅に着く時刻は23:54だから、そこから戻ってこようと思うと電車は、っと……あれ、23:47発?いやだめだ、乗り換えダッシュでなんとかなる話しじゃない!!じゃあその次は!?え、05:08……って、まじか……

隣の駅からにしたり、料金順じゃなく時間順にしたりして検索してみる。でも何度やっても5時台の電車しかない。「普通」電車なら2〜3駅隣で降りてなんとか歩いて帰れたのに、「特急」に乗ってしまったせいでもうどうすることもできない。

ぼくは絶望した。

行きたくない駅へただただ運ばれている20分。眠たそうにしている乗客たちの中で、目をバキバキにしながら乗り換えアプリを操作しているのはぼくだけだ。こういうときは時間の進み方がいつもより遅く感じる。


そうして冒頭のように、おいてけぼりにされた銀行強盗犯みたく、走り去る車の後ろ姿を駅で一人眺めていたわけだ。

どどどどどどーーーしよう!

電車はもうない。
タクシーも停まっていない。


どどどどどどーーーしよう!!!


ぼくは走った。
タクシーを追って走った。
タクシーはもう見えていない。
それでも一縷の望みを抱いて走った。
もしかすると信号待ちしてるかもしれない。
もしかすると気付いてくれるかもしれない。
それに何より、いてもたってもいられない。


角を曲がって開けた通りに出る。が、タクシーの姿はない。あぁそんなあぁぁ……と肩を落としていると、反対車線に駅の方へ向かうタクシーの姿を見つける。

きたーーーー!!!


ぼくは走った。
来た道を走って戻った。
別のタクシーがきたんだ!
これでなんとかなりそう!
近くまで一緒の人いないかな?
タクシー代割りません?って誘われたい!


先を行くタクシーが乗り場に停まる。
乗ります!と手を挙げて合図をしかけたところで、タクシーの扉が開く。

……と、後部座席に誰かが乗り込む姿が見える。

え!!!

ぼくはタクシーの背中を追うのにあまりに必死で、乗り場に先客がいることにまったく気がついていなかった。タクシーは乗り場で待っていたその人を乗せて、ぼくとすれ違うようにまたもや走り去ってしまう。

ぼくはまたもや絶望した。

その後、人生ではじめてタクシー配車アプリを使い、野晒しの状態で15分くらい待って、ようやくタクシーに乗り込むことができた。

タクシーの車内、ふと営業さんと盛り上がった「名探偵コナンの映画タイトルっぽい言葉選手権」のことを思い出した。あのときはなかなか思い付かなかったけど、今ならすぐに答えられる。

『名探偵コナン、絶望のエクスプレス』!


今日のことはぜったいnoteで書いてやるんだと心に決めて、ぼくは泣く泣くタクシー代5,080円を支払った。

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