おじさんの後ろには。
前に並ぶおじさんが何度も後ろを気にしている。肩越しにチラッ、首を戻して再びチラッ。
え、なに。
なにかの気配でも感じてる?
おじさんと同じように後ろを見てみる。
誰もいない。
特に気になるものはない。
すっきりしないまま、再びおじさんの広い背中を見つめる。おじさんはしばらく正面を向いていたかと思うと、すぐまた後ろをチラッと見る。
やっぱり何かを気にしているみたいだ。
振り返るほどではない、でも明らかに気になるものが自分の後ろにある、そんな様子。
ますます気になっておじさんを観察してみる。やたらとおじさんの背中が大きく見える。割としっかりとした体つき。上には青に近い紺色のカーディガンを着ていて、下は黒のスラックスを履いている。左手でスーツケースの取っ手を握りしめている。ビジネスというよりも、新幹線で実家へ帰省するって感じかな。
と、ふいに違和感を覚えた。
あれ、なんだろうこの違和感。
おじさんの紺色の背中をもう一度見つめる。がっしりとした背中は存在感がある。背丈はきっと同じくらいなのに、ぼくよりも10cmくらい大きく見える。サスペンス系の洋画に出てくるボディーガードと対峙したらこんなふうに少し見上げることになるんだろうかとか考える。きっとAmazonプライムで映画を観すぎているせいだ。
あっ。
おじさんの違和感の正体がわかる。
……ぼくだ。
ぼくがおじさんに近づきすぎてるんだ。
ぼくたちは今、JR新大阪駅でエスカレーターに乗っている。おじさんが前、ぼくが後ろ。混雑していないのに、ぼくはおじさんのすぐ後ろの段に立っていた。ひとつ段を空けるでもなく、斜めに位置するでもなく、すぐ後ろ。そしてなぜか、すごく前寄りに立っている。
目の前におじさん。いやどちらかというと背中にぼくと表現する方が客観的に正しい。どうりでおじさんの背中が広く見えるわけだ。
おじさんのパーソナルエリアがどれくらいの範囲なのかわからない。でも侵害していることは間違いない。
一段下がろうかな。
いやでもエスカレーターはもう後半だしな。
うーん。
迷っている間もぼくはおじさんの背中に貼り付くように立っている。相手が相手ならちょっとヤバい。
そうしてぼくは、付き合ってもうすぐ1年でほどよく落ち着いたカップルみたいな距離感でおじさんと並びながら、エスカレーターで上へと運ばれている。その姿を想像するとなんとも滑稽で、忘れないようにとスマホを取り出してメモアプリに打ち込んでいる。
おじさんはなんにも悪くない。
ごめんねおじさん。
実家でゆっくりしてね。
良いお年を過ごしてね。
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