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人生で初めて買った化粧水は、半分しか使えなかったけれど

YouTubeのおすすめで流れてきたショート動画『【保存版】2022年ベストコスメランキング』を観ていて、ぼくは10年前のある日のことを思い出していた。

人生ではじめて「化粧水」を買った日のこと。

その化粧水は半分しか使えなかった。
でも不思議と満ち足りた気持ちになった。

そんな昔の話を、今日は書きます。

***

京都の繁華街、四条河原町の一角にあるドラッグストア。ぼくはこの日、人生ではじめての「化粧水」を手に入れるべく、コスメコーナーに立っていた。

当時19歳のぼくは、それまでの学生生活でやんわり縛られていた校則から解放されて、オシャレに目覚めはじめたときだった。ジャスコの2階とRight-on以外のお店で服を買うようになった。コンタクトの上から伊達メガネをつけた。リンスインシャンプーを卒業し、シャンプーとリンスを別々に買うようになった。

そんな折、家に遊びに来た女友達に「化粧水使ってないん?」と聞かれ、なんだか無知な田舎者みたいで恥ずかしくて、「ううん、ちょうど切らしてしもてん」と嘘をついた。
(ちなみにその子には「うわっ、私と同じシャンプー使ってるやん」とも言われた。しゅんとした。かなりしゅんとした。ぼくはLUXを使っていても否定せず、「男の子だってスーパーリッチシャインしたいときだってあるよね」と優しく包み込んでくれるひまわりのような女性がタイプです。こんにちは、三重県から参りましたともきちです。)

そういうわけで今日、ぼくは何が何でも化粧水を買ってやるんだ!という強い意志を持ち、お店へとやってきた。


はじめて対峙する化粧水の棚。

赤、青、白、緑……、種類が多すぎてどれが良いのかサッパリわからない。極潤と白潤は何が違うの?化粧導入水はまた別モノ??乳液と保湿クリームは同じ???うーん、、、わからん。選ぶ基準がわからん。ポケモンでいう最初の3匹を誰か教えておくれ、、、。

辺りを見回すと、レジにひとり店員さんがいた。これは尋ねた方が早いと思い声をかける。

「あのー、すみません」
「は、はいっ!」

白いシャツに黒のエプロンをつけた女の子。髪は黒色のボブ。見た目はぼくよりも歳下っぽい。ってことは高校生?高校のときからアルバイトか、やっぱ都会はちがうなぁ。

そんなことを考えていると、ふと胸元に「研修中」のプレートがあることに気がついた。

「あのー、すみません」
「は、はいっ!」
「化粧水がほしいんですけど、」
「は、はいっ!」
「どれが良いのかサッパリでして」
「えっ、けっ、化粧水ですか……?」

見るからにあわあわしている。まだ慣れていないであろうアルバイト。基本業務を覚えるのでいっぱいいっぱいな時期に、化粧水はどれが良いかなんて答えのない質問をしてしまった。ごめんなさいいい。

とはいえ化粧水に関する無知さで言うとぼくも負けていない。なんてったって今日がデビューだから。その決意は固いぞ。ぼくは今日必ず化粧水を買うんだ!オシャレな都会者になってやるんだ!!ごめん、やっぱり相談させて!!!

「店員さんはどう思いますか?」
「えっ、わたしですか……?」

いけない、後輩指導にあたる入社5年目先輩みたいな質問になっている。自分の意見をしっかり持ちましょうじゃないんだよ。まずは電話を取るのが若手の仕事だからねじゃないんだよ。

「このオールインワンって、リンスインシャンプーみたいなもんですか?」
「???リンスインシャンプー……?」

ぼくは何を言っているんだろうか。シャンプーのことは一旦忘れよう。あとでLUX以外のやつを買ってあげるからね。よしよし、泣かないの。

「あ、じゃあ、よく売れてるやつあります?」
「……!!! あります!!」

女の子の表情がぱあっと明るくなる。真剣な眼差しで、化粧水の棚を上から下に、左から右にと、首だけじゃなく体ごと動かして探してくれる。

「ありました!これです!!!」
 
女の子が手渡してくれたのは、お肌がふっくらしそうな印象の白いボトルの化粧水。

そのときの彼女はとてもうれしそうだった。きっと「自分も誰かの役に立てるんだ!」と実感できた瞬間なんだろう。ぼくにもそんな経験が少しはある。そういう体験って、小さなことでもすごく自信になる。勝手な想像かもしれないけれど、彼女に自信をつけてあげられた気がした。それがうれしくて、ぼくはろくに商品の内容も確かめず、選んでくれた化粧水を買うことにした。

しばらく他の棚を回る。選んでくれた化粧水の他に、「いち髪」のシャンプーとリンスとトリートメントをカゴに入れる。

目的は達した。堂々と胸を張って帰ろう。

少し列ができたレジへと進む。さっきの女の子と、社員さんであろう男性と2人でレジ対応に追われている。一歩一歩、列が進み、ぼくの番。空いたのは女の子のレジだった。

「さっきはありがとうございました」
「あっ、いえっ!はい!」

カゴをカウンターに置く。シャンプーを取り出し、ピッ。リンスを取り出し、ピッ。トリートメントを取り出し、ピッ。化粧水を取り出し、……あれ、ピッて鳴らない。

女の子は何度もバーコードを読み込もうと試す。でも反応しない。彼女はまたあわあわしはじめる。隣に助けを求めようと見るも、男性の店員さんはレジで接客中だ。ぼくはなるべくプレッシャーにならないようにと、なんでだろうねと微笑みながら首を傾げてみる。彼女はちょっと落ち着いたのか、読み込みを諦めて手入力に切り替える。金額なのか商品コードなのかはわからないけど、数字をひとつひとつ打ち込んでいく。

そうしてレジのモニターに料金が表示される。ぼくも彼女もホッとする。財布を取り出し、料金ピッタリにお金を出す。よし、これでもう大丈夫だ。携帯電話を取り出し、「化粧水げっと」なんて誰得なつぶやきをしようとmixiを開く。


「ありがとうございました!」


彼女の明るい声に、はっとして目線を上げた。


時々、こういうすてきな「ありがとうございました」に出会える。目と目が合うのを実感できて、その目にグッと自分の焦点が吸い込まれていくような。はっとしながらも幸せな気持ちになって、思わず微笑み返してしまうような、そんな「ありがとうございました」。

店を後にし、家路を辿る。


今日はすごく良い1日になったな。欲しいものも買えて、すてきな接客にも出会えて。一生懸命はたらいている人の姿って気持ちが良い。それに小さな元気をもらえた気がする。「よしっぼくも!」って、自分の中で小さな火がついて、温められた血が全身へと巡り巡っていくような感じ。

家に着く。買ったものを片づけようと、レジ袋から順番に取り出していく。

シャンプー。

リンス。

トリートメント。

化粧す……


あっ。


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