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かつて「広島焼きぃ~!」と叫んだ夜があった

小2のとき、あることがきっかけで、ぼくの食い意地が爆発したことがある。泣いて、叫んで、食器棚を小さい足でガンガンと蹴りつけた。

きっかけは、父が出張のお土産にと買って帰ってきた、広島のお好み焼きだ。そのお好み焼きは、我が家では「広島焼き」と呼ばれていた。

広島焼きという言葉は、とても慎重に扱わないといけない言葉だ。「富士山、静岡側と山梨側とどちらから観るのが美しいか問題」に似ている。争いの火種になりかねない。ぼくは三重県出身で大阪に近いけど、お好み焼きが大阪のものだなんて言うつもりはまったくない。ただ当時、我が家では「広島焼き」と呼ばれていたから、記憶そのままに書いている。

ふだん我が家で作るお好み焼きはまず、キャベツや卵、お好みのシーフードなんかを混ぜ合わせて生地を作る。そして生地を鉄板の上にお玉で広げ、上に豚バラをのせ、両面を焼いて仕上げる。

父が買ってきた「広島焼き」は、家で作るお好み焼きとは少し様子が違って見えた。具材が混ぜ合わされてなく、層になっている。伸ばして焼いた卵の黄色が、琥珀色のソースの下で鮮やかに光っている。目玉焼きは両面しっかり焼きたいタイプのぼく。卵の甘さをしっかりと感じられそうなその黄金の食べ物は、見るからに美味しそうだった。さらに一番下には、生地からはみ出るようにして麺が敷かれている。

麺?お好み焼きに麺?
なんだこの食べ物は……!?

時刻は20時半を過ぎたあたりで、晩ご飯は既に済ましていた。でも食べたい。どうしても今、食べてみたい。母に懇願する。でも許しは出ない。「もう寝る時間なんやから明日にしー」と母は言う。食べたい。やっぱり今、食べてみたい。でも親の言うことは聞かないといけない。後々サンタさんが来てくれなくなる。

名残惜しさで胸をいっぱいにしながら、ぼくは渋々2段ベッドの階段を登り、布団に入った。


翌日は平日。ぼくは小学校に行った。5限目を終えて20分の道のりを歩み、家に帰ってくる。ただいま~と言うと同時に、いつもの癖で「晩ごはんなに〜?」と聞いてしまう。

「今日は肉じゃが〜やで」

母が答える。

あれ?肉じゃが?
広島焼きは?広島焼きはメインじゃないの?
ねーねー、お母さん?

「広島焼き、お昼にみんなで食べてもうたわ」


………!!!
オヒルニ、ミンナデ、タベテモウタ…?


1日中、なんなら昨日の夜から楽しみにしていた広島焼き。話を聞くと、母と弟、そして一緒に住む祖父・祖母とで、お昼ご飯にたべてしまったらしい。残ると思ったらペロリやったわとのこと。

うそだ……そんなのうそだ……
あんなに楽しみにしてたのに……

昨日見たあの美しい姿が思い出される。

卵の黄色が鮮やかな広島焼き。
甘そうで香ばしそうな広島焼き。
すごく楽しみにしていた広島焼き。
ふだんはなかなか食べられない貴重な広島焼き。


なんで俺がおらんときに食べたんよ!なんで残しといてくれんかったんよ!食べたい!広島焼きが食べたい!だって食べたことないし、昨日の夜「こんな時間やし明日にしー」って言ったから食べへんかったんやん!買ってきて!今すぐ買ってきて!広島焼き、早く買ってきてよ!!

母に詰め寄る。

「また今度、お父さんが広島行ったときな」

「今度っていつよ!」

理不尽な上司みたいに納期を迫る。とはいえ父の出張はそんなに頻繁にない。どれだけ叫んだところで、広島焼きはすぐには手に入らない。だからといって「じゃあ仕方ないか」、とはならない。悲しい。悔しい。広島焼きが食べたい。どうしても食べたい。

感情があふれ出しそうなぼくの元へ、弟が近寄ってくる。

「お兄ちゃん、広島焼き食べた?」

食べてへんわぼけええええええ!!

「食べてへんの?めっちゃおいしかったのに」

今すぐそれを吐き出せえええええええ!!


いろんな感情がこみ上げてくる。
怒り、妬み、後悔、悲しみ。


う、ううわあああああああん!
広島焼きぃ〜!!広島焼きぃぃいいいいい!!


ぼくは泣いた。泣き叫んだ。洗面台と食器棚の間にある、1mくらいのL字の隙間に足を延ばして座り、泣きながら何度も何度も食器棚を蹴った。「広島焼きぃ〜!広島焼きぃ〜!」と唱えながら蹴られる棚。ぼくが棚ならいやになる。やつあたりでしかない。でももう何かにあたりでもしないと気が済まなかった。

仕事から帰ってきて、ぎゃん泣きしているぼくを父は不思議そうな目で見る。なんや、どしたんやと父。実はかくかくしかじかで〜と母。なんや、食い意地はってるんやなぁとまた父。

食い意地の意味はよく知らない。でも聞いたことのある単語の組み合わせだから、なんとなくで意味を推測する。そしてぼくは急に冷めた。泣いている自分を客観視して、情けなくなって、泣くのをやめた。


あれから20年近くが経つ。今はもう、何かを食べられなかったからといって、棚をガンガンと蹴ることはない。

でも自分を客観視してしまうところは、この頃とまったく変わってない。ぼくはカラオケやライブなんかが苦手だ。人前で我を忘れてはっちゃけるのに、ものすごく抵抗がある(偏見ごめんなさい)。

成長したようで、成長してないなぁ。


そんな過去のことを思い出すきっかけになった、すてきな企画に参加します。滑り込みセーフ!


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