【コンメンタールこども六法】刑法編②正当防衛と「悪い」の本質(第36条)
はじめに
前回は、刑法の序盤に出てくる「刑罰」についてご説明しました。
こども六法では、刑罰についての法律が載っている次のページに、「執行猶予」についてのページがあります(『こども六法』14頁・15頁)
「執行猶予」も、皆さんは聞かれたことがある言葉だと思います。
この「執行猶予」って何?なんのためにあるの?という点については、私の過去のnote記事「情状と量刑」シリーズをお読みになってください。
今回のテーマは「正当防衛」
さて、今回のテーマは「正当防衛」です。
正当防衛という言葉は、皆さんご存じではないでしょうか。
刑法では、次のように定められています。
(正当防衛)
第36条 自分や他人の権利に対して今にも不正な攻撃が加えられようとしている場合に、その権利を守るために仕方なく行った行為は、罰しません。
(『こども六法』17頁)
つまり、「今にも不正な攻撃が加えられようとしている」場合に、「その権利を守るため仕方なく」した行為は、罰しないのです。
具体的にいえば、こんな例です。
Aさんが歩いていたところ、Bさんが急に殴りかかってきた。そこでAさんはこれを避けるため、Bさんを突き飛ばしたところ、Bさんは転んで地面に頭をうち、ケガをした。
このとき、Aさんは、Bさんを突き飛ばしてケガをさせていますから、「傷害罪」という罪にあたります。
(傷害)
第204条 人の体を傷つけた人は、15年以下の懲役か50万円以下の罰金とします。
(『こども六法』37頁)
しかし、Aさんの行為は、Bさんが急に殴りかかってきたので、これを避けようとして行ったものです。
Bさんが急に殴りかかるのは、Aさんの権利(身体の自由)への「不正な攻撃」です。そして、Aさんは、「その権利を守るため仕方なく」Bさんを突き飛ばしています。
ですから、Aさんの行為は、正当防衛に当たりますから、「罰しない。」つまり、「15年以下の懲役か50万円以下の罰金」にはならないのです。
なんで正当防衛は罰しないの?
正当防衛が罰せられないのはなぜでしょうか?
みなさん、なんとなくお答えをお持ちでは…?
例えば、「いや、正当防衛って、別に悪いことじゃないやん!」とか…。
そう、正当防衛は、「悪いことじゃない」から罰せられないのです!
あれ?
でも、Aさんがやったことをもう一度振り返ってみましょうよ。
Bさんを突き飛ばしてケガさせたんですよね?それは傷害罪という罪になる行為ですよね?
ん??じゃあ「悪いこと」なんじゃないですか??
刑法で犯罪とされてる行為をしてるんだから、「悪いこと」なんでしょ?
あれ??悪いの?悪くないの??
混乱してきましたねぇ(笑)
「悪い」ってなに?
Aさんの行為(Bさんを突き飛ばしてケガをさせる)は、「悪いこと」なのに、「悪いことじゃない」から罰せられないのです。
…よく分かりませんね。
ところで、「悪いこと」ってなんでしょうか?
刑法で禁止されている犯罪行為は、「悪いこと」の代表例ですね。
では、なぜ犯罪行為は「悪いこと」なのでしょうか?
いろいろな意見がありそうですね。
たとえば、
① 人の物を盗んだり、人を傷つけたり、犯罪は人として許されない反社会的な行為だから「悪い」!
② 物を盗まれたり傷つけられたりすると、権利が侵害されることになる。犯罪はそのような権利侵害を生じさせるから「悪い」!
etc...
①を思いついた人は、犯罪を「人として許されないもの」つまり、倫理的・道徳的な悪だととらえ、刑法はこれを禁止しているのだ、と考えておられるのだと思います。
②を思いついた人は、犯罪を「権利を侵害するもの」ととらえ、刑法はそのような行為を禁止することにより人々の権利を守っているのだ、と考えておられるのではないでしょうか。
①と②、どちらが正解、というものではありません。(注)
どちらも考え方としてはあり得えます。
(注)これは刑法学の世界では「違法性の本質論」と呼ばれる議論でして、それこそ沼のような、一度足を踏み入れるともう戻ってこられないくらい深い深い問題です(笑)。①の立場を「行為無価値論」といい、②の立場を「結果無価値論」といいます。2つの立場の論争はずっと続いています。
なぜ正当防衛は「悪くない」の?
上記①・②の考え方をもとに、なぜ正当防衛が「悪くない」と言えるのか、説明してみましょう。
【①の立場から】
①の立場は、「倫理的・道徳的な悪」を「悪いこと」と捉えます。
ところで、今回のAさんの行為(Bさんを突き飛ばしてケガをさせる)は、「倫理的・道徳的な悪」と言えるでしょうか。
Aさんの行為を、「人として許されないことだ」と非難できるでしょうか。
できませんよね。なぜでしょうか?
それは、不当な攻撃にさらされた人が、自分を守るためにやむを得ず反撃することは、普通に考えて「仕方ないよね」と思えるからではないでしょうか。
それを「人として許されない」と言ってしまうと、じゃあAさんは反撃すら認められないことになり、Bさんの攻撃を受けざるを得なくなってしまいます。
そんなことをすると、Bさんの攻撃を正当化してしまうことにもなりかねません。
だから、Aさんが反撃することは、倫理や道徳にもかなうことと言えるわけです。
【②の立場から】
②の立場では、「権利の侵害」を「悪いこと」と捉え、刑法はこれを禁止することで人々の権利を守っている、と考えます。
ところで、今回のAさんの行為(Bさんを突き飛ばしてケガをさせる)で、Bさんの「権利が侵害された」と言えるでしょうか。
Bさんは、Aさんに対して殴りかかろうとしています。つまり、Aさんの権利(身体の自由)に対する攻撃者です。
そのような攻撃は、当然Aさんの権利を侵害するものです。
これに対し、Aさんの反撃を、Bさんの権利を侵害するものとして禁止してしまうなら、Aさんは反撃できず、結果としてBさんによる攻撃を受けなければならないことになってしまいます。
それでは、攻撃している側のBさんの権利が守られるのに、攻撃されている側のAさんの権利が守られず、明らかにバランスがとれていません。
ですから、Aさんの反撃を認めるのです。
これによってBさんの権利が侵害されることになりますが、BさんもAさんの権利を侵害しようとしているので、全体で見れば「おあいこ」であり、したがってそこに権利の侵害はない(打ち消し合う)と考えることができます。
そのため、Aさんの行為は、Bさんの権利を侵害するものではない、といえるのです。
終わりに
いかがでしょうか。
「正当防衛なんだから悪くない」ということ自体は、皆さんもご存じでしたよね。
でもそれが、「なぜ悪くないと言えるのか?」を、今日は考えていただきました。
そこには「悪いって何?」という本質的な問題があり、実はふかいふか~い議論があることもご紹介しました。
法律の世界って、以外と奥が深いんですよ、ということが少しでも伝われば、私としては大変うれしいです。