フランシスコ会訳『聖書』について。

 聖書には数多くの翻訳があってどこから手を付けて良いかわからないという読者にうってつけの翻訳がある。それはフランシスコ会聖書研究所訳注『原文校訂による口語訳聖書』である。本書の特徴は、まず原文からの翻訳であること、それから現在の研究の成果を反映させた充実した解説、そして引照だけでなく語義や校訂における訳語の選択を反映した訳注にある。
 まず原文からの翻訳とは基本的に、ヘブライ語聖書、七十人訳による第二聖典、それからギリシア語新約聖書の最新の研究に基づく翻訳であることを意味する。翻訳の元となる本によって大きく意味が異なり、カトリックでは長くウルガタ訳が重宝されており、ウルガタ訳の邦訳としてはバルバロ訳が知られている。本書はそれぞれの原語の本文と広く認められているテクストに基づいて、テクストの読みに異同がある際は訳注に落とし込んだ形での翻訳が試みられている。
 本書の大きな特徴に、充実した解説が各文書の冒頭に置かれていることがある。55年に及ぶ翻訳作業を反映させた解説はそれぞれの文書が聖典の中でいかなる位置付けにあり、どのように読まれてきたのか、またどのような研究上の解釈が存在するのかを簡潔に述べており、学問的関心から聖書に近づこうとする読者にとって大きな手掛かりを与えてくれる。とはいえ信仰の伝統の中でどのように読まれてきたのか、どのような意図を持った文書であるのかという信仰上の司牧的配慮も為されている。解説を一通り読むことで、聖書の文書全体に及ぶ充実した聖書入門が得られるであろう。
 そして最後に訳注について。訳注では本文を読み進めて行くうえで読者にとって躓きとなり得る箇所に丁寧な訳注が施されていることに特徴がある。それは聖書本文の持つ世界観と現代の私たちの世界観の隔たりを埋めるものであったり、あるいは聖書である言葉が用いられる際の独特の意味を説明するものである。それから、研究上の定説を明示することも忘れていない。例えばマルコ福音書の14章の注12では、亜麻布を脱ぎ捨てて逃げ出す若者について「この記述は本書だけに見られる。本書の著者だけが、この余談的なことを書き記しているので、この『若者』は、著者自身かもしれないと考えられている。」と記されている。聖書を読み進めて行くと「あれ?」と思うような箇所に多々出くわすのだが、フランシスコ会訳はバランスの取れた訳文に痒い所に手の届く訳注が付されているのである。
 聖書に興味を持ったは良いけど、どの翻訳にしようかと迷われている方には、ぜひフランシスコ会訳を推したい。聖書入門、特に旧約聖書入門に関しては各文書を掘り下げた形での入門がなかなか見つからない中で、フランシスコ会訳の解説は読者にとって必要な情報を余すところなく提供し、かつ充実した訳注を通して研究上の解釈の分かれ目を確かめることができる、何とも贅沢な書なのである。聖書入門としても、一生付き合う書物としても頼りになる一冊と言えよう。

 評者は教皇フランシスコがかつて数分でも福音に触れるようにというツイートをされたのを受けて、音読を始めた。その際にルビの必要性を感じて最初に購入していた大型のに加えて新約聖書の中型と、最近やっと旧約も含めたものの中型とを購入した。どれにしようか迷われる方にはぜひ旧約と新約とを含む総ルビの中型聖書をお勧めします。


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