内山勝利『プラトン『国家』 逆説のユートピア』(岩波書店、2013年)を読んで。

 後に続く人の見通しを良くしてくれる研究というのがある。そういった研究の一つが本書、内山勝利著『プラトン『国家』 逆説のユートピア』である。2013年に刊行された当時、プラトン研究の入門書としては藤沢令夫の『プラトンの哲学』とR.S.ブラックの『プラトン入門』くらいしかなかった。その後、総合的な研究案内であるミヒャエル・エルラーの『知の教科書 プラトン』や中畑正志の『はじめてのプラトン』が刊行され、活況を呈している。納富信留氏のプラトンをめぐる研究もまた、目を見張るものがある。その中でも評者にとってプラトン研究を広く読み始めるきっかけとなったのが内山勝利氏の本書なのである。
 本書は「書物誕生」という、古典への案内を企図したシリーズの一巻として刊行されたものである。本書の前半部はテクストの成立から説き起こし、私たちがそのテクストをどのようにして手にして読むことができるようになっているのかを明らかにする。いま私たちが手にしている校訂本の本文がどのように確定されたのか、そしてそれぞれの写本がどのように現代へと伝わってきたのかを詳述する本書の記述は感動的でさえある。いま伝わっているテクストをただ有難がるためではなく、テクストの読みそのものがいかにプラトンと対峙するかと深く関わることを伝える本書は古典を読むことの意味を改めて明らかにしてくれる。
 本書の後半部はプラトンの『国家』そのもののテクスト読解に充てられている。本書は満遍なく拾い上げていくというスタイルではないものの、プラトン哲学の中でも重要とされる箇所を深く掘り下げていくことによって『国家』の全体像を浮き彫りにし、『国家』という著作が何を問いかけているのかを明らかにしていく。ただそれはある定まったプラトン哲学の概説とは程遠く、『国家』というテクストがいかに生き生きとした問いを発し、いまだに挑発し続けるものであるかを明らかにしている。本書において長大な『国家』という著作のハイライトが提示され、読者はギュゲスの指輪や洞窟の比喩といった主要な部分の詳細な解説が得られる。これらの詳細な解説を通して、おのずと読者は『国家』そのものへと導かれるであろう。
 『国家』解読の部分で印象的なのは、プラトンがその著作においてどこに転換点を置いているかという指摘である。登場人物が入れ代わり立ち代わりそれぞれの言葉で語っていく中で、議論ががらりと変わっていく場面を取り押さえ、プラトンの著述自体の劇的な効果を明らかにしてくれている。そこで語られる登場人物の詩の引用の「仕方」によってプラトンは登場人物の背景を鮮やかに書き出しているのだという指摘はいやが上にも原文を確かめたくなることであろう。登場人物のそうした鮮やかな描写に加え、プラトン自身がソクラテスに語らしめる三つの波の叙述は私たちがプラトンの問いかけをどこまで真剣に受け留めうるのかを問いかけ、『国家』が古典たるゆえんを明らかにしているのである。プラトンに興味を持つすべての人に薦めたい一冊である。


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