R.S. ブラック/内山勝利訳『プラトン入門』(岩波文庫、1992年)を読んで。

 プラトンに興味を持ったは良いけど、その著作を紐解こうとするとあまりの膨大さにたじろいでしまうこともあるかもしれない。プラトン全集をいきなり読もうとしてなぜその対話篇が記されたのかを解説を手掛かりに読み進めようとしても困難が予想される。そのような読者に薦めたい一冊がある。それはR.S. ブラックの『プラトン入門』である。本書はプラトンの生涯と著作の一つひとつを丁寧に紹介してくれるものである。
 本書の特徴はその叙述が生き生きとしていることである。プラトン入門となれば学説の列挙になりかねないのだが、前半に描かれるプラトンの思索世界を垣間見させる伝記部分はプラトンがどのような時代に生き、どのように対話篇を著していったのかが鮮やかに描かれている。そしてそこに描かれている状況がぴったりとその後半部の対話篇の要約へとも反映されており、平明にして奥行きのある叙述に読者は生き生きとした対話篇の世界へと招かれることであろう。小さな本ではあるが万遍なくプラトンの対話篇を紹介する本書は、その後にプラトンの著作を紐解こうとする読者にとってレファレンスとしても参照し得る力強い助っ人となることであろう。
 本書にはもう一つ特筆すべきことがある。それは巻末に第七書簡が併録されていることである。日本語で第七書簡を読むためにはプラトン全集や文学全集の類、あるいは古書の角川文庫の書簡集を探すしかない。プラトンの生涯を自ら著したこの稀有な文章はプラトンの哲学の姿勢を表わすものとしてたびたび指摘されるものである。その中でも有名なのは、他者に好意的な態度で対話を繰り返すなら光明を灯すであろうということ(341c-d、344b)を記した一節なのだが、その言葉を胸に失意のうちに哲学者の生を生きなければならなかったプラトンその人の心のうちが語られているのである。しかし失意の中で対話篇を著したプラトンの仕事が後世まで残るものであることをブラックの『プラトン入門』は力強く伝えてくれるのである。
 プラトン研究は常に進歩している。プラトン著作群を巡っても現代の科学的な精査を経て真正性が本書の後にも議論され続けている。本書は1949年の刊行であることからもわかるように文体統計に基づく手法は用いられていない。本書の中でアップデートされなければならない諸点については訳者解説でコメントがなされておりプラトン研究の動向を伝えてくれるものである。プラトン研究が日進月歩でさらに時代を経ているとしてもプラトン対話篇の変わらないエッセンスを提示する本書はプラトンの著作そのものに向き合おうとする読者を確かに導く現役の案内書たりうるものであろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?