岩田靖夫『ギリシア哲学入門』(ちくま新書、2011年)を読んで。

 本書は著者の仕事を一般向けに著した総決算の書と言える。岩田靖夫氏は『アリストテレスの倫理思想』『ソクラテス』『倫理の復権』『アリストテレスの政治思想』などにおいて大学で哲学を学び始めれば必ず名前を見かけるであろう著者である。本書は今ここに挙げた数々の著書のエッセンスが一冊に凝縮されたものなのである。
 簡略にその著作群の特徴を書き出してみたい。『アリストテレスの倫理思想』はアリストテレス倫理学、特に『ニコマコス倫理学』の精読に基づく緻密な読解の書であり、日本語で読める最も詳細なアリストテレス倫理学研究である。『ソクラテス』はソクラテス問題を探求してそのソクラテス的論駁(エレンコス)の内実を明らかにするものである。『倫理の復権』はロールズの問いかけを起点に、著者のレヴィナスやアリストテレス読解に根ざした正義論を展開するものである。そして最後に著された『アリストテレスの政治思想』は前著に引き続いて『政治学』を読解し民主制(デモクラティア)のあるべき姿を探求する書である。本書『ギリシア哲学入門』は、今ここに書き出した著者の仕事を丸ごとまとめてしまうような本なのである。
 著者の仕事を紐解いたことのある読者は似たような章立てで似たような著作を目にして、どこかで読んだような既視感を覚えるかもしれない。しかし本書は著者のそれまでの仕事の語り直しという面を含みながら、著者がどのように自らの著書を紐解いてほしいのかという読者への根本的な問いかけが含まれている点において他書とは一線を画す。学問的な便覧を企図した哲学史などにおいてはどうしても記述の内容が重なることもあるかもしれないが、本書の初出一覧からも窺えるように、本書の文章の一つひとつはそれぞれの発表の機会において自らの語ろうとする事柄の本質を明らかにしていくものなのである。ここまで書いてしまって良いのかという気前の良さで本質に踏み込んでいく著者の叙述は、先に挙げた研究書のエッセンスを提示するのみならず、読者をその根本問題へと直接に招くものである。
 著者は『いま哲学とはなにか』や『よく生きる』という著書において読者に生きることの意味を問いかける。本書『ギリシア哲学』は著者のそれまでの研究で探求したものを提示しながら、それらが如何に生きることの意味と関わるものであるかを読者に印象付ける一冊と言える。純粋に学問的な概要や研究書そのものからは感じることの難しい学問的研究の意味を直接的な問いかけを通して明らかにする一冊なのである。本書は著者の仕事を読者自らが引き受けていくための手掛かりとなる著作なのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?