見出し画像

エンターテインメントとサブテキスト

「大怪獣のあとしまつ」酷評続出のワケ 映画評論家が分析「観客の期待に一つも応えていない」



 映画にひとつも興味はないんですけど、このニュースのコメント欄に興味深いものがありました。

 それは「サブテキスト」という言葉。今回のニュースつぶやきは拡大版です。


 サブテキストとは……

 創作物の中で、登場人物や著者が明示的に文字としては現していない事柄を指す。物語が進行するにつれて、聴衆や読者がその内容を察することができるようになるものである。

──Wikipediaより引用


 映画は、まず多くの人が楽しめるエンターテインメントであり、その上で作者のメッセージを裏テーマのように忍ばせるもの。たとえメインとなるメッセージであるとしても、あくまで忍ばせるものであり、裏テーマが正面切って堂々と主張してはいけない、と。

 そこには映画が「産業」であるという意識がちゃんとありますよね。映画を撮るには、お金がかかります。その制作資金を回収するためにも、利益を出すためにも、観客に満足してもらい、いい評価をつけてもらったり、他の人にすすめてもらったり、二度三度と映画館に足を運んでもらったりしてもらうのが理想でしょう。映画でなくても、お客さんにお金と時間を費やしてもらうなら、見てもらう、聴いてもらう、読んでもらう、すべての創作に言えることだとおもいます。

 もちろんそうでなくてはいけない、というわけではありません。

 作者の本音だけで創られたものであっても、ファンの人や、波長の合ういちげんさんなら、それでよしとするでしょう。創るほうにしても、そういった限られた層に訴えかけることができさえすれば満足なら、その創りかたでなんの問題もないわけですから。


 ただ、人口に膾炙するのを目的としていたらどうでしょうか。世に広めたい、多くの人に知ってほしい、というのが目的だったら。


 これには、エンターテインメント性が求められます。扱うテーマが難解なものだったり、人が常日頃は目も向けない、まして目を背けていたいと思うものだったりすれば、よりその傾向は強まるでしょう。そうでなければ始まって2分もしないうちに放り出されて終わり、なんてことにもなりかねません。

 そのエンターテインメント性とはなんなのか……それは、自分が「おもしろい」と思ったものが他の人も「おもしろい」と思っているかどうかで、ある程度は計れると思います。すなわち「おもしろい」と思う人が多ければ多いほど、それは「多くの人を惹きつけるエンターテインメント性」に優れている、ということです。それは痛快な勧善懲悪の物語であったり、心が震えるほどのヒューマンドラマであったり、誰の心にもあるノスタルジーであったりするわけです。(少数のマニアに受けるのもエンターテインメントのうちに入るとは思いますけれども、ここでは広く世に浸透するおもしろさ、魅力をしてエンターテインメント性と呼ぶことにします)

 これこそ、王道、定番、と呼ばれるものですね。例えるなら定番のしょうゆラーメンであり、しかしそこにはお店独自の配合やこだわりの素材が、作者の本音──サブテキストとして隠されている、というところでしょうか。定番の安心感をベースに、具材の素性や店主の技量を吟味するのは、まさに醍醐味と言えるでしょう。逆に、あきらかに劇物の混ざった麺や、何が入っているかわからないスープで作ったラーメン?みたいなものを出されても、それにお客さんが殺到するとは思えません。


 小説を書き始めてわかってきたことなんですけれども、創作の中でも文芸というジャンルは、受け手に「読む」という少なからず能動的な行動をしてもらうことが必要なものだと思うんです。音楽やトークと違って何かをしながら聞き流すということはできませんし、テレビ番組やネット動画のようにながら見することも難しいでしょう。もっと言えば、文芸は読み手の頭の中でヴィジョンを再構成することが必要な創作ジャンルだと思っています。再構成するとは、文字、文章という媒体に分解して渡された作者の考えているイメージを、自分の脳内で組み立て直すということであり、これにはある程度の集中力と、ある程度の時間が要ります。その集中力と時間を割いてもいいと思わせるのが、つまりエンターテインメント性なのではないでしょうか。ラーメンの例えを続けるなら、どんなにこだわりの材料を揃えても見向きもされない、もしくは食べたお客さんから文句が出る、それは見たことのない、しかもおいしくなさそうなラーメンだったか、おいしいラーメンの皮をかぶったゲテモノだったからです。王道や定番を捨てて挑むなら、それに変わる特色や目玉となるものを備えなければならないか、その味を好むお客さんのいる所に出店しなければならないでしょう。


 考えたことをいろいろと書いてきましたけど、当然ながら、私のこのエンターテインメント論もすべての作品やクリエイターに当てはまるわけではありません。しかし物語の書き手として産声をあげたばかりの私にとって、このニュースとそのコメントは非常に示唆にあふれたものでした。



 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 それでは、ごきげんよう。

サポートしていただくと私の取材頻度が上がり、行動範囲が広がります!より多彩で精度の高いクリエイションができるようになります!