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清世さん企画【#絵から小説】を終えて

 推敲や校閲してる時が実はいちばん楽しい──

 どうも、禁酒18日目の私です。

 まずは参加されたみなさん、おつかれさまでした!

 絵からインスピレーションを得て物語を書く、というのは清世さんの企画の1週間前にかよんさんとのコラボで経験していたので、余勢を駆って……という面はありました。(今ならやれる!なんでもできる!ヒャホホ!)という謎の高揚感で書き上げ、#絵から小説タグで検索してひっかかるものを(エサがいっぱいだ!ウヒヒ)とばかりに読み込んで行く、まさに夢のような日々でした。

 今回の企画で確信したのは、「アートとは、発信者から発せられた作品を、受け取り手が翻訳する行為そのものをも指す」ということです。三種類の絵からそれぞれの受け取り手が解釈したものが、新たな作品として目に見える形になったことにより、ふだんは表に出ることのない個人個人の受け取り方が顕在化し、そのありさまが、アートとは双方向への指向性を持つことによってさらにその存在意義が増すものだと私に確信させたのです。
 もちろん、そうでなければいけない、ということではありません。おのれ以外だれもいない世界で、「伝達」というくびきから解き放たれて心のままに表現することもまたアートでしょう。それもまたひとつのあり方です。
 しかしながら今回のように、「表現」を「解釈」して味わうだけでなく、「解釈して表現」することによって打ち返し、一種の無限ループが生じるのはたいへん興味深いことでした。これは制作してネットへUPというスピーディーさと、SNSでのつながりで広く応答を募ることができるという手軽さを利用した、現代ならではの楽しみ方と言えるのではないでしょうか。
 また、この楽しみ方の大元になっているものは、いわゆる交換日記とか、グループノートとか、そのあたりにまでさかのぼれるかもしれません。私も中高生のころは友だち5,6人と1冊のノートを共有して、リレー小説とか、リレーまんがとか描いてましたからね。1巡するとだいたい超展開になってて頭を抱えたものです。(中二全開の黒歴史すぎてあまり思い出したくありませんが……)

 こういうことができるnoteというプラットフォームには、あらためて可能性を感じましたし、ここに集う多彩な才能たち──いまだ見ぬ才能たちも含めて──には、驚かされるばかりです。別に勝負しているわけでも、優劣を決めるわけでもありませんけれども、私も負けてられない!という気持ちになりますね!

 ひとりでもくもくと創り上げてもよし、コラボや企画で交流してもよし。自分のペースや好みで、ゆるりとでも、しゃかりきにでも、noteの海を渡ってゆきましょう!


 最後に、今回エントリーした三作品をあげておきますね~


 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 それでは、ごきげんよう。

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