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「嗚呼、麗しのメンエス嬢。」その6・

〜メンエス嬢・美月と僕。


ねぇ美月、僕の話し聞いてくれる?


あのころの僕は何にもなかった。

・・そう、ほんとに何もなくて。


平凡と呼ぶには

あまりにも単調で、

まるで、自分の呼吸を延々数えてるような

僕にとって何の意味もないよな、そんな毎日だったんだ。


大学を出て、やりたいことも見つからず


自分たちの世代......周りはみんなそうかもしれないな。

やりたいことなんか、何もなかった。


就活してやっと決まった会社も、
あっさりと辞めてしまったし。

勿体ない?
ちっとも。


人はせっかく入れた会社なのになんて言うけど、
勿体ないなんて感情は、全く湧かなかった。

「やればできる子」て言葉があるけど、
僕は大概のことはやれば “そこそこ“  の結果になる。

こんなこと言うと生意気だの何目線だ?だの言われるんだけど、

みんなわかってないよなって思うよ。

だって、何でも “そこそこ“    だから。


そう、僕ね、

ある時、頑張ることをやめたんだ。


考えてみれば、その日から僕の毎日は
とても退屈でつまらなくなってしまった。


小さい頃僕は、

虫やトカゲなんかすぐ捕まえちゃうような子だっった。
池なんかあったらすぐ飛び込んじゃうしね。

好奇心を絵に描いたような子どもだった。

いつからこんな風になったかはわかっていないのだけど....



僕は3人兄弟の末っ子で、

兄が二人いるんだ。



真ん中のお兄ちゃんとは歳も近かったから
よく一緒に遊んだんだ。


お兄ちゃんはどこにでも僕を連れてってくれてね。

自分の友達と遊ぶ時だって、
「一緒に来いっ!」って連れてってくれるんだ。


お兄ちゃんは“めっちゃくちゃ“ な人だった。

木になってるなんだかわからない実をもいで勝手に食べちゃったり、
きったない池に飛び込んだかと思えば潜ってデッカい亀を捕まえたり、

例えるなら、ハックルベリー・フィン かなぁ。

いつも冒険してたよ、近所中をね。


ある時、駄菓子屋の前にいたどこかの中学生に
お小遣いの50円を取られたんだ、僕。

泣いて帰ってきた僕を見て、
お兄ちゃんは何にも言わず家を飛び出してって、

しばらくして、鼻血出しながら帰ってきてさ。

「おい!取り返してきたぞ!」って。


握っていた手のひらを開けると50円が入ってたんだ。

お兄ちゃん、
小3で中学生と喧嘩しちゃうんだもんなぁ。

そんなだから、お兄ちゃんはいつも泥だらけで擦り傷だらけだった。

お兄ちゃんが、人んちの屋根に登って落ちた時は、僕、ほんと心臓が潰れそうなくらい心配したんだ。

それなのにお兄ちゃん笑ってるんだよ。

そして、こう言ったんだ。

「母ちゃんに言うんじゃないぞ!」って。

そんなお兄ちゃんはいつでも僕の憧れのヒーローだった。


そんなお兄ちゃんが、
小学四年の時、入院することになった。

どこが悪いのか僕は知らなかったけど、
お兄ちゃんと遊べなくなるって、寂しくて泣いたんだ。

お見舞いに行くとお兄ちゃんは僕を見て決まって
「ここ出たら、また亀取ってやるからな!」て、笑ってた。

お兄ちゃんは、ガハハってデカい口開けて笑うんだよ。

僕もつられてガハハって笑う。


お兄ちゃんは、僕が行くといつも笑ってくれたんだけど、小さい僕でもお兄ちゃんが元気でないのはわかってたから

早く元気になって亀取り教えてくれって言ったんだ。

わざと言ったんだ。

お兄ちゃん、ベッドの上で「おう!」って笑ってた。


本当は怖かったんだ、僕。

もうお兄ちゃんに会えなくなるんじゃないかって。

だから、早く一緒に家に帰りたかったんだよね。



ある時、母ちゃんが
しばらくお兄ちゃんところに連れてけないって言った。

お兄ちゃん、今、頑張って病気と戦ってるから、
少し元気になるまで待ってあげてって。


嫌だった。お兄ちゃんと会えないのは....



嫌だったけど、お兄ちゃんは勝つと思ってたから。

だって、中学生と喧嘩して勝つぐらいなんだよ?

お兄ちゃんはきっと病気にも勝って帰ってくると思ったから。


うちの近所にさ、神社があるんだ。

お兄ちゃんと木登りしによく行ってた。


そこの神社にね、毎日お願いしてたんだ。
お兄ちゃんが早くよくなりますようにって。

そこの神社は最強なんだってお兄ちゃんが言ってたから、その最強の神社にお願いしてたんだ。



3ヶ月ほどそんな毎日が続いた。


父ちゃんも母ちゃんも病院から帰ってこない日が多くなって、一番上の兄ちゃんが僕の面倒を見てくれた。


大きい兄ちゃんは少し歳が離れてるから
一緒に遊んだりはあまりなかったけど、優しい兄ちゃんだよ。

僕と真ん中のお兄ちゃんが、母ちゃんに怒られて外に放り出された時も、
こっそり、大きい兄ちゃんの部屋の窓から中へ入れてくれたりしてね、

いつも僕らの頭を撫でて「お前らは大物になるぞ。」って笑ってくれるんだ。



お兄ちゃんが入院してから、大きい兄ちゃん、あんまり元気なかった。
なんだか、悲しそうに見えた。

僕は大きい兄ちゃんに何も聞かなかった。
真ん中のお兄ちゃんのこと
何か知ってるのかなって思ったけど聞かなかったんだよ。

だって、毎日 “最強神社“  にお兄ちゃんのことお願いしてたからね。


ある日、夜中に父ちゃんが僕を起こしにきたんだ。
今から、お兄ちゃんの病院に行くよって。

なんだかわからないけど、お兄ちゃんに会えるの嬉しかったから、ソッコーで着替えて、大きい兄ちゃんと一緒に父ちゃんの車に乗ってお兄ちゃんの病院に行った。


裏の入り口から中に入った。

病院は真っ暗でとても静かだった。

エレベーターで3階まで行って、渡り廊下みたいな所を渡っていくんだけど、
僕、嬉しくってさ。

だって、やっとお兄ちゃんに会えるって思ってさ、走っちゃったんだよ。

そしたら、大きい兄ちゃんが「走るな!」って怒ってさ・・

大きいにいちゃんが怒るのなんかなかったから
僕、驚いちゃって、父ちゃんの後ろに隠れて。

父ちゃんはデッカい体でね、
僕をヒョイと抱えてそのまま病室まで連れてってくれた。

お兄ちゃんの部屋だけ電気がついてたから

廊下から見てもその部屋だってすぐわかった。



病室の入り口で父ちゃんが僕をそっと降ろしてくれて、ギュッと抱きしめてきたんだ。

父ちゃんはデカい体に似合わず物静かな人だった。

いつもどっしり構えててさ、
何事にも動じないって人だった。

その父ちゃんが・・泣いてたんだよ。


僕は、そんな父ちゃんの手を振りほどいて
お兄ちゃんのベッドのところに走ってったんだ。

久しぶりに会えるって嬉しかった。

嬉しかったんだけど、


お兄ちゃん、すごく痩せてるんだよなぁ。

お兄ちゃん、色んな管やら線やらが繋がっててその横に心拍数測るモニターみたいなのがあって....

僕、これが現実のことなのかわからなかったんだ。

だって、母ちゃんが見てたドラマでしか見たことなかったからさ、こんな病室。


母ちゃんは側でお兄ちゃんの手をずっと握ってるんだよね。


お兄ちゃん、お兄ちゃん!って、僕何度もお兄ちゃんを呼んだんだよ。


お兄ちゃんは、一度だけ目を開けて
僕の方を見たんだよね。

僕にはお兄ちゃんが笑ってるのがわかったんだ。

うん、やっぱり、あの時お兄ちゃんは僕を見つけて笑ったんだ。


その後、お兄ちゃんは大きく一つ息をして、

逝ってしまったんだよ....



亀取ってくれるって、言ったのになぁ....


お兄ちゃん、僕との約束はいつも絶対に守ってくれるのにさ。


僕、泣かなかったんだよ。

泣きたくなかったんだ。


まだだ、まだ、泣いちゃダメだって、泣いたらほんとにお兄ちゃんと会えなくなる、

泣かなきゃまた会えるって思って必死で堪えた。


その後、お通夜やらお葬式やらあったんだと思うのだけどその記憶だけぶっ飛んでて、どうしても思い出せないんだ。


でも少し不思議なことがあったの。


何日か経って、あ、亀取りに行かなきゃって何かね、思ったんだよね。

で、お兄ちゃんとよく行った池にね、来てた。
....うん。なんだかわからないけど、来てた。


で、そのまま池に入ってバシャバシャやってたらさ、

「こっちだ!」って声がしたんだよ。

で、行ってみたら大きなね、亀がいたんだよ。

僕、もう夢中でさ!

亀の背中をガシって捕まえてね、
「お兄ちゃん!僕、一人で取ったよ!!」って思わず叫んでたんだ。


そしたら、お兄ちゃんの笑い声が聞こえた気がしたんだよね。

お兄ちゃん、ガハハっていつもみたいに笑ってた。

お兄ちゃんはやっぱり約束守ってくれたんだ。


僕、そこで初めて泣いたんだ。


それから、お兄ちゃんに誓った。


僕、お兄ちゃんみたいになるからって。


それで、わんわん泣いて。


亀はね、その池に逃してあげた。


泥んこの、ビッチャビチャになって帰った時、

母ちゃんが「2人分の元気だね。」って笑いながら泣いたんだ。


母ちゃんの顔見て、僕も笑いながら泣いたんだ。



お兄ちゃんがいなくなってから

僕は大人しくなった。

けど、いっぱい勉強もしたし、本も読んだ。

だって、外に行くと何処に行っても思い出してしまうから、お兄ちゃんのこと。

だから、良いのか悪いのか成績だけは良くなった。



なんでも良かったんだよね。

お兄ちゃんとの思い出から逃げたかったんだよ。



それ以来、本気で楽しいと思ったこともないかもしれないなって。



いや、違うな。

楽しむことからも逃げたんだ。



だって、楽しいことって続かないって思ってたから。

楽しんだ分だけ、その後辛いことがあるんじゃないかって....



怖かったんだ、“ 最強神社“  に一生懸命祈っても
お兄ちゃんは元気にならなかったんだよ。

だから、一生懸命にも意味がないのかなって思うようになって。


だから、いつも何かから逃げてたんだよね。


だから、“そこそこ“でも何でもよかった。


大きくなって、
女の子と付き合ったりしてもね、
そんなに好きにならないようにしちゃうんだよなぁ。


そもそも、自分から好きになるなんてことはしなかったから

そこまで好きにもならずに済んだのかもしれないね。



未来のことなんて考えたこともないし、

自分は結婚なんてしないだろうなって漠然と思ってたから

だから、仕事も“そこそこ“

毎日が“そこそこ“でよかったんだよね。


それ以上求めないっていうか、いらないっていうか....



前の彼女と別れてから、もうしばらく彼女は作らなくていいかなって思ってたんだ。

もう、一年半....いや、二年くらい彼女いなかったかな。




そしたらさ、お節介な先輩があれやこれやと教えてくれるの。


マッチングアプリとかそう言うのは苦手なんだよなぁ。


正直、メッセージのやりとりなんて僕には苦痛でしかないから。

実際会ったこともない人との話を盛り上げる自信もないしね。


いくらメッセージをやりとりしたとしても、
僕にとっては“知らない人“だから。


そんな僕を見かねて紹介してくれたのが風俗だったんだけど、それこそ“知らない人“といきなりセックスなんて僕にはハードルが高過ぎるんだよね。

それで教えてくれたのがメンズエステだったの。


先輩の話だと、「綺麗なお姉さんが、ただマッサージをしてくれるところ」って話しだったんだよね。

で、腰とか肩とかこってるし、
どうせなら、綺麗なお姉さんにマッサージしてもらおうかなって・・

そこはね、男の悲しい性(さが)だよね。


ホームページに飛んで、先輩が言うみたいに
“写真で気に入ったお姉さんを指名して予約“ってのは、恥ずかしくて僕にはちょっと難しくってさ。

ご指名は?って聞かれたんだけど、
「誰でも大丈夫です。」って言ったんだよね。


初めてのメンズエステはめちゃくちゃ緊張したよ。


最初のお姉さんが思ったより気さくで明るい人だったから、大丈夫だったけど。

でも、オイルで鼠蹊部をやられた時は正直びっくりしたよ!
「えっ⁈そんなにギリギリ攻めんの?」ってね。

で、恥ずかしいやらドキドキするやらで
その日帰ってからも、何だかぼんやりしてしまった。


でも、そんなにしょっちゅう行くもんでもないかなって気にもなった。


2ヶ月ほど経って、ふと思い出して行ってみたんだよ。

でも、やっぱり指名なんか出来なくってね。


その日もやっぱり「誰でもいいです。」って言っちゃったんだよ。


人見知りの癖に、

また一からあの緊張を味わうなんてね。


前のお姉さんを指名すれば

その人見知りの緊張からは解き放たれるのにさ。


けど、僕にとっては指名するのも逆に恥ずかしいの。

それに、前のお姉さんが

もし、僕のこと嫌だったらなんて考えたら

やっぱり指名なんかできなかった。


そこまででもないしーとかなんとかで

臆病な自分を誤魔化してたの。


でも、その臆病な性格のおかげだよね。

「誰でもいい。」が、美月を引き寄せたんだよな。


臆病に感謝だよ。


初めて美月を見たときね、

綺麗な人だなぁと思ったよ。


でも、どこさ寂しそうな気もしたんだよな。


あ、僕と同じだ。って。



最初、一度も目合わせなかったでしょ?

合わせられなかったんだよ。


合わせちゃったら

全部話してしまいそうって気になったの。




あの時、僕、何だか落ち込んでいてね。

あ、子どもの頃からね、定期的に落ち込むの。


闇に飲まれそうになるんだよね。


生きてても何も楽しいことなんかないって、
お兄ちゃんと亀捕まえてたこと懐かしくって懐かしくって・・泣けるんだ。


未だに、なんかあるとその思い出に逃げ込む。


僕にとって唯一の安全地帯なんだよね、きっと。

亀の甲羅の中ってきっとこんな感じなんだろうなって。

変だよね。いい大人の男がさ。


いつも簡単に気分が滅入ってしまうの。

気が滅入るのは簡単なのに、そこからは中々抜け出せないんだよなぁ。


いくつになってもそんなだから、
もう、この先って・・どうなんだろって思ってしまって。


まぁ、フラフラっとしながらエステの予約したんだよ。



僕、どんな話ししてた?


覚えてないんだよなぁ....


ただただ泣けてきてさ、

そしたら、美月の顔がすごく近くにあって、
美月も悲しそうに僕の顔を見てて....


僕たちは何の話しをしたんだっけ....



運命ってあんのかな?

そんなの綺麗事だと思ってたし、今も思ってるしね。


でも、また会いたいって思ったんだよ....


だからって、指名で予約するなんて僕には出来やしないし。

どころか、もうお店に行けないやって思ってたんだよ....

だって、泣いちゃう男なんて....しかも、何だかわからないけど泣いてるんだもんな。

変なヤツって思われただろうなって、

そんなこと考えたら、もう二度とお店には行けないなって。




だからバッタリ会ったときは嬉しかった、

飛び上がるほどね。


そうは見えなかった?


そうだよなぁ、

何処かに表現力を置いてきてしまったんだろな。



あの日もさ、

ぼーっと歩いてたんだよ。


何か考えると負けちゃいそうでさぁ。


何に負けるかもわからないのに、すぐ負ける。


そんな感じで大人になったから、

もう、大人になって何年も経つから


誰かと会って

あんな風にドキドキするなんて思わなかったよ。


どうしてしまったんだろ、僕はって。


美月からお茶しよって言われなければ

僕は走ってその場から逃げ出したと思う。


お茶して、色んな話しをしたみたいなのだけど、

あの日のことは、とても断片的なんだ。


タクシー乗ったのなんでだっけ?


あぁ、お茶の後、ご飯も一緒に食べたんだ。

それで、移動するのにタクシーに乗ったんだった。


僕がタクシー止めたの?


覚えてないんだよなぁ。


公園をぶらぶら歩いたのは覚えてるよ。


そこで美月を抱きしめちゃったもんね。


なんだか、愛おしくってさ。

話しの内容なんて、

全く頭に入ってこなかったのにね。


あの時、心臓の音

凄かったんだよ、僕。

嫌われても仕方ないって思ってたよ。突然抱きしめたりしてさ。

だから、
連絡先を教えてくれたときは正直驚いてしまった。


考えたら中学生みたいだよな、僕。

きっと恋をしたのは初めてだったんだよね。


あれから2年、


二人で色んな話しをして、

色んなところに行って、

時々すれ違って、

そして、いっぱい愛し合って。


今も美月は僕の隣にいる。


僕、お兄ちゃんのこと

美月に話したかったんだ。


ずっと話したかったんだよ。


僕のヒーローを

美月に紹介したかったんだよ。


僕が背負ってた甲羅、もう下ろしていいのかな?


いつまでも亀の甲羅を背負ったまんまじゃ、

肩が凝ってしまうんだよ。


お兄ちゃんとの思い出、宝箱に入れておくよ。

僕がずっと背負ってた亀の甲羅と一緒にさ。


時々は思い出と一緒に甲羅干ししてあげようと思うよ。



話し聞いてくれてありがとう。


ねぇ、美月、お願いがあるんだ。



僕と結婚してください。


















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