性被害に遭ったときのこと
何も変わらないはずの毎日に、突然事件が起こった。
職場のトイレから小型カメラが見つかったのだ。
誰でも使える男女共用の多目的トイレのような作りをしているトイレだ。
便器の周りには手すりが設置され、腰掛けたときに使える可動式前方アームレスト(肘置き)が、常に開いた状態で壁に付いていた。
腰の曲がった高齢者が、そのアームレストにもたれかかかって排泄できるようになっている。
ほとんど使用頻度がないため、開かれていたわけだが、
その下側に、便器の方を向いて親指の先っぽほどのカメラが両面テープで付けられていた。
ある日、女子社員がトイレに入ったとき、それが落ちた。
女子社員は事務室にいる店長に「これなんですかね?」と聞いた。
店長も見たこともない代物に、くるくると顔の前で360度回転させる。
「カメラみたいな丸いのあるからもしかして…一応私のロッカーに預かるわ。本社にも報告するから」
とロッカー室へ向かった。
ロッカーの鍵はかかっていない。貴重品は基本持ち込まないので必要がなかった。
鍵をかけている職員の方がまれだった。
それは店長のロッカーにしまわれた。
店長が本社とやりとりしている間、事務所にいたひとりの男性職員が、
「百均行ってきます」
と玄関を出た。ロッカー室を通って職員玄関がある動線だ。
事務用品は基本100円ショップで揃えている。誰も彼に気づかなかった。
入社3ヶ月目の専門資格のある、40代の中途採用の彼に、興味も関心もなかった。いつも暇そうにPCをいじっているだけの彼に、店長が一度業務について再確認と指示を促したが、直らなかった。
店長の上司、マネージャーがたまにきた時だけ、ひどく愛想良く、人が違ったように振る舞っていた。
職場の人員としては女性スタッフが多く、はじめこそいろいろと頼りにされたが、本質がバレ出すのも速く、スタッフとの距離は縮まることがなかった。そんな人だった。
本社からの指示で、通報した警察が駆けつけた。
現物の確認をするため、店長がロッカーへ取りに行くと、
それがなかった。
そこで初めて、
全員が彼の存在を、激しく意識した。
まさか…
100円ショップから戻った彼は、数時間、パトカーの中で事情聴取を受けていた。
その時間の長さに、皆確信していた。
しかし聴取を終えた彼は、何事もなかったように、いつも通り、帰っていった。
もちろん、証拠はどこにも見つからなかった。
本社の判断で、3ヶ月の試用期間で契約終了となった。残りの日数は有休扱いとなり、2度と彼を見ることはなかった。
あんなことしても、残りの在籍日数は給料出るんだ…ふと思った。
しばらく、トイレに入るのも気持ち悪くて仕方なかった。
アームレストの裏側には、テープの粘着剤が何度も重ねたようにこびりついていた。
便座に座ったとき、立ったとき、
下着を下ろしたとき、下ろして座ってまた立ったとき。
自分の排泄シーンがどんな風に映ったか、生まれて初めて検証してみた。
どんな下着をつけていたかも、どうペーパーで拭き取ったかも。
なにもわからなかった。
わかったところで納得できないし、検証の意味すらない。
他の女性スタッフはどう感じているかも、共有できなかった。
誰も口にしたくないのだ。
会社が支給した、彼の唯一の相棒だったPCも押収された。
あの日から2ヶ月余り、
逮捕のニュースがネットに上がった。
もう事件のことは終わりにされた。
何事もなく変わらない日常が流れる。
私の中だけなのだろうか。この釈然としないモヤモヤ感は。
どうしてそんなことをしたのか。
悪いことをしたと反省しているのか。
どう審判されたか。前科はあったか。
何もわからないまま、私たちの下着や陰部をあの彼と、警察と、もしかしたらネットで垂れ流され、不特定多数に見られたかもしれないと考えるだけで、背筋が凍るのは私だけだろうか。
こういう形で性犯罪の被害に遭い、巡らせることもなかった思いをすることができたのは、
いい経験だった。
と言っておけばいいのだろうか。
衝撃的でデリケートな出来事だったので、迷いながら、ここに吐露し、まだ迷っている。
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