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Letter


また来ちゃった。
同じ時間、同じ場所。毎日通っているアパート近くの公園。夕方5時をすぎた黄昏時は行き交う人もまばらでどこか閑散としている。いつものベンチに腰かけた私はショルダーバッグから手紙を取り出した。深い蒼色の夜空に綺麗な星が散りばめられた封筒をそっと胸に抱きしめる。和紙で作られたそれは昔と変わらず色褪せることなく静かな光を放っていた。彼が1通の手紙を残し、この世界を去ったのは3年前。

それなのに……

未だに私は封を開けることができずにいた。どこにいても何をしていても、つい、彼の姿を探してしまう。そんな自分に少し疲弊しながらそれでも、それが唯一、彼とつながることができる瞬間な気がしてやめることができないでいた。「ふぅ」小さくため息をつき、空と混じり合いながら沈んでいく太陽を眺めた。

トュルルルルル トュルルルルル

突然鳴り出した着信音。スマホを手に取ると知らない番号からだった。まるで私と繋がるのを待つように5回、10回となり続けている。いつもなら知らない番号には絶対に出ないのに。妙な胸騒ぎがして出なくちゃいけない、そんな気がした。

「もしもし……はい、ええ。私ですが」

程なくして、さっきの電話の主、未来カプセルと名乗った男性がゆっくり近づいてきた。私の名前を確認し、受け取りのサインを促す。そして、茶色の封筒を渡すと軽く会釈をし、直ぐに帰って行った。封筒には「ゆうちゃん、あけてね。」とひと言。まるで流れるようにさらさらっと書かれた美しい字。差出人が誰かなんて直ぐにわかった。これは、彼が愛用していたワイン樽に使われるオーク材で作られた万年筆で彼が書いたものだ。封筒は丁寧に糊付けされている。彼らしいな。ゆっくり、剥がしてみると中には折り紙で折られたイチゴが一つ入っていた。それは、私が初めて彼に渡したラブレターと同じもの。「ふっ」思わず笑ってしまった。へたのところには矢印が書いてある。なるほど。開いてってことか。少し震える指先で折り紙が切れないようにゆっくりと解いていく。最初の言葉に私は泣き崩れてしまった。

『頑張ったね!ゆうちゃん、えらいっ(笑)読んでくれてありがとう。じゃ、渡した手紙、そろそろ読んでくれるかな?どうせ、読めずにカバンにずっと入れてるんでしょう?ほら、勇気をだして。待ってるからね。』

「ごめん……読むね。」私は3年越しでようやく彼からの手紙を読む決心をした。街頭がつきはじめた。辺りには誰もいない。ふいに左腕がじんわりあたたかいような、まるで彼が隣に座っているそんな感覚を覚えた。

『ゆうちゃんへ。さて、ペンをとったまでは良いけど伝えたい事が溢れてなにから書けばいいのか困ってるよ(苦笑)そうだなぁ……初めてゆうちゃんに会ったのは共通の友人を介しての飲み会だったね。なんて可愛いんだろうって、今思えは一目惚れだった。それからずっと君は特別な存在で。でも、言えなかった。もうすぐ、この世界から消えなくてはいけない僕が君の記憶に残るようなことをしてはいけないってそう思ったから。でも、そう思うたびに君はそんな垣根なんて関係ないかのように、蝶々みたいにふわっと僕の心に舞い降りた。あの時、勇気を出して告白してくれたのにありがとうしか言えなくてごめん。本当は言いたかった。僕も君が好きだって。ずっとずっと好きだったって。もうすぐ僕は星になる。そう、消えるんじゃなくて星になるんだ。すぐ側には居られなくても、君が幸せであるように祈っているから。』

なに、これ。
ずっと言って欲しかった言葉じゃない。あの時、彼が少し哀しそうな瞳で微笑みながらラブレターを受け取った理由がやっとわかった。そして、大切だから友達でいたいって言ったのが何故なのかも。たまらず、私は嗚咽した。会いたくて、今すぐに会いたくて。あの優しい笑顔にもう一度触れたくて。泣きすぎてもう枯れ果てたと思っていた涙はまるで大粒の雨が車の窓をつたい流れるようで止める術がなかった。

ポンポン

「え……」頭を撫でられた気がして、ふっと顔をあげると夜空には満天の星が瞬いていた。なんだ、そこにいたんだ。「私も手紙を書くから。楽しいこといっぱい書くからね。」彼から届いた二通の手紙をバッグにしまい、私は駆け足で文房具店に向かった。まずは彼とお揃いのあの万年筆を探さなくてはね。

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