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30代後半に反抗期来たる。でもいつか許せる時が来るのなら…
こんばんは🧸
今日は家族間で起きた怒りから自分らしく生きる、ということに気づいたお話です。
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私は小さい時から中学頃まで祖父母・いとこ家族と一緒に住んでいて10人ほどの大家族でした。
その中で伯父はとっても気難しい人。
瞬間湯沸かし器みたいな人で何が気に障ったのかよくわからないうちにワーっと怒り出す。
特にうちの姉とはウマが合わなかったのか姉の一言によく怒り出すこともしばしばだったので、私はそのやりとりを見ながら伯父のご機嫌取りが上手くなっていきました。
大人になってもそれはお手のモノ。
伯父が嫌がるであろうことはとにかく回避。
毎年恒例のお正月やお盆の集まりは絶対参加。
無言の『家族なんだからあたりまえだよな?』的な圧力を私は感じていたからです。
結婚してからも、とにかく事あるごとに義理立てをしてきました。
そうすることで良好な関係を保てると思っていたからです。
でもそれを打ち砕かれる出来事が今年始めに起こりました。
それは
『今までこの家族のためにどれほどの心を費やしてきたのか!』
と怒りで発狂しそうになるくらい、私にとって衝撃的な出来事でした。
…許せない!!!!
私は今まで《家族》という《義務》を果たしてきた。
それはそちらがそう望んでいたから。
私たちにはそれを強要したくせに自分はなんなんだ!
三十何年私はあなたたちに合わせてきたのに結果この仕打ちなのかと。
私の逆鱗に触れました。
もう許せん!!
この歳にしてお恥ずかしい限りですが。。
『もう許さん』
ただただこの一言。
大人なのだからうまくやるのが大人の対応というものなのでしょうが、今までうまくやってきたが故に崩壊しました。
そして伯父のご機嫌伺いばかりしていた私が、
自分の気持ちを大切にするという意味でもこの怒りを隠さずに認めようと思ったのです。
結局、ずっと『家族』というものに囚われて
自分の行動や価値観に鎖をかけていたのは私自身。
でももうその考え方は改め自分のやりたいように生きる。
それに気づかされた出来事だったように思います。
どれが自分らしい?
どんな生き方がしたい?
私たちは往々にして自分自身に鎖やら呪いやらいろんなものをかけていることがあるようです。
私にとってそれは《家族の義務》《ご機嫌取り》というものでした。
今考えれば《家族の義務》ってなんやねんって話なんですけどね。
それを果たさなかったからって死ぬのか?と言われれば死にはせん。
ただ文句言われるだけ。
家族の機嫌を取るのもそう。
大人なんだから自分の機嫌くらい自分で取ってくれっていうだけの話。
私は私。
あなたはあなた。
家族であってもそれは変わりません。
逆に
家族だからこそ支配するのではなく、お互いの生き方を尊重し合えたらいいな
と私は思うのです。
伯父のことは今は許せません。
会う気にもなれません。
でもそれは『今は』。
人は許せないことがあっても、いつかは許せるタイミングが来ることを知っています。
それが何年後か何十年後か死んでからなのか来世になるのかはわかりませんが。笑
そして勝手にご機嫌取りをしていたのも私。
いずれは許せる時が来るのなら無理に許そうと思わず
『今は許せない』
それでいいかな
なと思っている今日この頃です^_^
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