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楽観主義

災害関係の仕事をしていると様々なものに出くわす。

それらは時を流れていく一つの点景でしかないが、それが妙に心に引っかかる場合がある。

それはたいてい種になって後に実を結ぶ、なにか課題の存在を意味していて、その課題があるということは、生まれてきた意味であり、おそらくその解決策を持って生まれてきているのだろう。

一度、伊豆大島のM氏という土砂災害で被災した住民と話したことがあるが、彼が言うには被災時に1階で寝ていたが、夜中突然、すさまじい音とともに家の半分が土石流で持って行かれたその時、体の中でなにかがスパークしたと言っていた。

ある縁でM氏にSCOPEの考え方を話したとき、彼は体調が悪い状況で有名な2つの大学を訪ねて、SCOPE実装の協力を大学に申し込んだが、いづれも冷たくあしらわれて落胆して島に帰ったとの報告を受け取ったその後、いつもと同じ流れでM氏との連絡は途絶えた。

結局、私もSCOPE理論の正しさ故に権威側につく利権社会から排除され、それまでの仕事関係のすべてを失ったにも関わらず、それをなぜか喜ぶ私は端から見るとバカのように見えるだろう。

私は自分の考えの正しさに確信を持つと同時にすべてではないものの生まれてきた自分の目的の一歩手前まで到達したことの幸せを感じる楽観主義者なのである。

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