地魚のフライ 2024.4.15

月曜日。朝、空は晴れている。

今日”月曜日”は世間一般の方々と違い、私の日曜日に当たる曜日だ。幸いフツカヨイの気配もいない。よし。波のチェックだ。
私は都内に住みながらもサーフィンを趣味にしており、休みの日は起きてすぐに波の情報をチェックするのが習慣になっている。波があれば迷わず海に向かう。都内在住者にとって、休みは貴重な唯一の海に行ける日なのだ。

少しの期待を込めて波情報のサイトを閲覧するが、芳しくない。午後になっても状況は変わらなそうだ。これは困った。

起きてきた妻に、サーフィンに行くのか聞かれる。
「いや、、、」返事が曖昧になる。
海に行くというのは、ただただサーフィンをするというだけでなく、ひとり気ままに無心になれる機会でもあるのだ。たまにはひとりになりたいというのは、健全な30代男の正直な内心ではないだろうか。その言い訳に、サーフィンは丁度いいのだ。だが。

「波、無いんでしょ」こちらの反応を見透かした追撃がくる。こうなると誤魔化すのは大変である。観念して正直に伝えた。それに対し、「どこ行く?」私を一番悩ます質問である。うーん。

我々夫婦は都内に住みながらも、都心で遊ぶ趣味はない。休日はもっぱら近所の井の頭公園にいったり、近所の気楽な飲み屋で明るいうちから飲んでいるような、そんな過ごし方が好きな人間だ。それゆえ、意外と行き先の選択範囲が狭まってくる。今日はサーフィンはできない。でも天気は抜群にいい。そんな時に飲み屋に行くのももったいない気がする。井の頭公園は昨日ひとりで行った。どうしようか。

「海でも行こうか」私はそう返した。
「鎌倉でも行ってギャラリー冷やかしたり、適当にビール飲んで歩くのもいいんじゃない?」そう伝えると、思いがけずノってきた。行き先は決まった。

1時間後、私たちは藤沢に向かう小田急線内にいた。
湘南新宿ラインが運休になっていたため、とりあえず藤沢に向かっているのである。そこから、江ノ島方面に行くか、鎌倉方面に行くか考えることにしていた。
「一旦、江ノ島の方に行って、そのまま海岸線を鎌倉方面に歩こうか。」まだサーフィンの希望を諦めきれていない私は、普段入っているサーフポイントを経由するルートを提案した。波があれば、なんとか理由をつけて、海に入ろうと思っていたのだ。(私はサーフボードを江ノ島近くのサーフショップに預けているため、着替えさえあればいつでも海に入れるのだ!)
妻からは快諾の返事がきた。とりあえず、よかった。

電車を藤沢駅で乗り継ぎ、片瀬江ノ島駅に向かう。今では見慣れて何も思わないが、片瀬江ノ島駅の威容には、国内外問わず多くの観光客が驚いている。「やれやれ」というような、若干の玄人感を演出しながら、私は改札を抜けた。月に何度もくる土地。本人はローカルの地元民に近い立場のつもりなのである。
そこでふと、コバラが空いていることに気づいた。しかしここは江ノ島。周囲の飲食店は観光客向けのものが多く、チョイスがかなり難しい。(なぜ、江ノ島どころか神奈川で水揚げのない魚がのった海鮮丼に、喜んで高い金を払ってるのだろう、、)ふと、冷めた感情がよぎってしまうのだ。

しかしここは私の遊びの本拠地である。
逃げ場はいくつか知っている。

「”フライ”食べに行こう!」その誘いに妻も喜んでうなづく。そう、そこは我々には定番の軽食コースなのだ。では早速、向かおうではないか。海岸線を鎌倉方面に歩き始めた。

そのフライ屋は、江ノ電の腰越駅から近くの、漁港の真横にある。簡素な作りの漁業組合の集会場の一角にある、漁港直営の地魚フライ屋なのである。いくらかは観光客にも知られているため、ガラガラというわけでもないが、このあたりでは比較的落ち着いている場所だ。
そこは”魚のフライ”のみ提供しており、アルコールはおろか、味噌汁やご飯もない。ただその分、ドリンクなどは自由に持ち込める。
近所のスーパーでキリングリーンラベルの500ml缶を購入した。準備は整った。

カラカラカ・・・私は多少こなれた様子を演出しながら、アルミサッシのドアを開けた。
従業員のお姉様方からの挨拶に答えながら、本日のラインナップに目をやる。ここは決まったメニューはなく、その日の水揚げに応じてメニューが決まる。メニューと言っても、魚の種類と値段だけが書いてある。そこから好みの魚を選んで、フライにしてもらうのだ。
本日のラインナップは、

真アジ(大):600円
サバ:500円
ブリ:400円
メジナ:500円
イワシ天ぷら:500円
メカブ天ぷら:500円

お、いつも見かけないメジナがある。メジナは釣り好きにはよく知られているが、磯で釣れる高級魚だ。煮ても焼いても、もちろん刺身でもウマい。一つはこれにしよう。あとひとつは、、、サバに決まった。注文をし、番号札をもらって席につく。
サービスの麦茶を飲みながら、一息ついていると、我々の番号札の番号が呼ばれた。カウンターに取りに行く。
「今日サバが小さいのしか残ってなかったから、値引きで1つ400円ね。それとこれも。」といって出してくれた皿の上には、小イワシの天ぷら数匹と、小さいムツの素揚げも乗っている。ウレシイ誤算である。
満面の笑みと、その気持ちを込めてお礼を言って受け取った。さてさて、お楽しみの始まりである。

まずはカキカキに冷えたグリーンラベルをプシュっとあける。うまい。例のスーパーで買って、ここで飲むグリーンラベルは、なぜかめちゃくちゃに美味しく感じるのだ。海を見ながら歩いてきたから、体も喜んでいるのだろうか?

ではでは、まずは小イワシをいっぴき、口に放り込む。ふあふあした身と、丸ごと上げているから味わえる内臓のほろ苦さがたまらない。ビールをひとくち。たまらずもうひとくち。うまい。
次はメジナの番だ。新鮮ゆえにブリブリとした身を箸で割り、ソースも塩もつけずに頬張る。たまらずグリーンラベルで追いかける。シアワセだ、ゴチソウである。満を辞してブリもいってみよう。これはメジナよりフワッとしており、馴染みある魚でもある安心感もある。うまい。どんどんビールが無くなっていく。妻も夢中でフライとビールを堪能している。機嫌も良さそうで安心した。
ムツも食べてみよう。うん、これは私の地元の”ねぶと”みたいだな。骨の焦げた感じが香ばしい。

そうしていると、お店のお姉さんが席にきた。どうやら、普段調理し慣れないメジナの揚がり具合が不安だったようだ。たしかに若干レア気味ではあるが、十分おいしい。むしろこれくらいの方が、鮮度も感じられて嬉しい。なにより、このコミュニケーションが楽しい。
我々の反応に彼女も安心したようで、調理場にもどっていった。

残り少しのフライを名残惜しみながら、キュッとビールで片づけた。満足である。では、行こうか。
大変おいしかったと礼を言って、店を後にした。持ち込みのゴミはもちろん持ち帰り制なので、ビールの缶はどこかのゴミ箱に捨てよう。ビールと言ってもグリーンラベルだけれど。

いい具合にコバラも満たされて歩いていると、普段入っているサーフスポットを通り過ぎた。波は、、、うん、今日は散歩にしておいて正解だったようだ。

ビギナーサーファーが退屈そうに、来ない波を待っていた。

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