性犯罪:性犯罪歴確認制度(日本版DBS)!?
本稿のねらい
2023年9月5日、こども家庭庁に設置された「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」(本会議)の第5回会議において、報告書(案)(本報告書案)が資料として配布された。
これは、2021年12月21日に閣議決定された「こども政策の新たな推進体制に関する基本方針について」にて、こども家庭庁の役割として、次のように、日本版DBS(Disclosure and Barring Service)の導入を検討するとされたことに基づいた会議である。(実際にこども家庭庁が創設されたのが2023年4月1日)
更に遡れば、「ベビーシッター仲介サイトに登録した男2人が2020年、逮捕された事件をきっかけに導入を求める機運が高まり、子育て支援団体や保護者が政府に創設を求めていた」(日本経済新聞)とあるように、様々な事件が背景にあるのだろう。(最近では塾講師の盗撮等の事件もあった)
筆者としては、こういった問題に特段関心があるわけではないが、筆者が受験した司法試験の公法系(憲法)の問題と似ている雰囲気を受けたという些細なことから、興味を持った。
その憲法の問題は、「『一定の類型の性犯罪者は、心理的、生理的、病理的要因等により同種の性犯罪を繰り返すおそれが大きく、処罰による特別予防効果に期待することは現実的でない。このような性犯罪者の再犯を防止するためには、出所後の行動監視が必要である。』旨の所見」をもとに、性犯罪歴がある者に対し、その体内にGPSを埋設させ、それにより継続監視することを認めるという架空の「性犯罪により懲役の確定裁判を受けた者に対する継続監視に関する法律」(性犯罪者継続監視法)の合憲性について問われていた。
«参考» おそらくこのあたりが元ネタ
もちろん、日本版DBSとGPS監視は方法は異なるが、性犯罪の再犯を防止するという目的や性犯罪歴のある者のプライバシー(憲法第13条)との関係を意識しなければならない点では一致する。
なお、文脈は異なるが、保釈を許可する際に被告人をGPSにより監視する制度は、2023年5月に成立・公布された刑事訴訟法改正により導入された(同法第98条の12以下)。施行は、公布の日から5年以内。
また、上記憲法の問題では、GPSによる継続監視やそれに基づく警告等の規制が移動の自由(憲法第22条第1項)との関係で論点となっていたのに対し、日本版DBSでも職業選択の自由(憲法第22条第1項)との関係を意識しなければならない点で一致する。
このように、共通点が多く存在したことから、日本版DBSに興味を持ったということである。
本稿では、本報告書案の概要について紹介する。
本報告書案の全体像
本報告書案には目次が付いていないため大変読みづらい。
そこで、後半のどうでもいいところは除き、重要なところに絞って全体像を下図のとおりまとめた。
日本版DBSの目的が正当なものであることや必要性が高いことはおよそ異論がないところだと思われるが、その手段の合理性や許容性という点に関して、職業選択の自由(憲法第22条第1項)・プライバシー(同法第13条)・営業の自由(同法第22条第1項)との関係で、やはり論点は生じる。
まさに憲法論であり、そのうちの違憲審査基準の問題である。
(LRA基準とか懐かしい…)
日本版DBS創設の必要性
(1) DBSとは
そもそもDBSとは、上記のとおり、Disclosure and Barring Serviceの略であり、Disclosureは開示、Barringはbarという閉じる・妨害する・阻むという意味の動詞の現在分詞、Serviceはここでは省庁・部局という意味である。
直訳すれば、開示し妨害する役所という意味(意味不明)だが、何を開示し何を妨害するかといえば、前歴や前科等の情報の開示であり、そういった情報のもととなっている者の子ども等に関わる就業を制限することである。
この点、こども家庭庁の資料では、UKのDBSのことを「前歴開示・前歴者就業制限機構」と表現している(本会議第1回会議「資料8イギリス・ドイツ・フランスにおける犯罪歴照会制度に関する資料」2頁)。
(2) 我が国においてDBSが必要な理由
本報告書案(2−3頁)にもあるように、主に次の3点が日本版DBS創設の理由として挙げられる。
特に子どもに対する性犯罪は、子どもの心身に生涯にわたり回復し難い有害な影響を及ぼすこと
性犯罪の再犯率は比較的高く、より再犯率が高い窃盗や薬物事犯と比べてもその被害の重大性が大きいこと
子どもに関わる業務には支配性・優越性、継続性、閉鎖性などの特殊性があり性犯罪が行われやすい環境にあること
これらは、上記の教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律の新設や児童福祉法の改正の立法事実とも関連する。なお、これらいずれの法律においても、免許失効者や登録取消者に関する「データベース」が構築・整備されることになっている。
特に再犯率については、EBPM(Evidence Based Policy Maiking)を考える上で、数字が出ているところであり議論しやすい。
上図で調査対象期間中に小児わいせつ型性犯罪前科が2回以上ある者(13人)のうち、過去に前科がある者でその前科も小児わいせつ型の性犯罪である者は11人、すなわち小児わいせつ型の性犯罪前科がある者は84.6%であるという衝撃的な数字が出ている。
しかし、これはトリックというかミスリードの一種であり、単に「同種前科持ち率」に過ぎない。
つまり、過去の時点で同種の小児わいせつ型犯罪前科がある者は11人より多いはずだが、ここでは同種の性犯罪を行った者のみを切り出して母集団を形成しており「再犯率」の定義に沿わない。
この問題につき再犯率を語るときには、調査対象期間中に小児わいせつ型を含む性犯罪前科がある者がある者(1484人※)のうち、その後5年間で性犯罪の再犯を行った者は207人であること、つまり5年以内再犯率が13.9%であることを事実として考える必要がある。
※上図では母数が1791人のはずだが、追跡調査中に服役中のものやその間に死亡した者を除くと1484人になるということ(※5)。
問題は、この5年以内再犯率13.9%が高いかどうかではなく(もちろんそれも重要だが)、この再犯率に見合うだけの被侵害利益があり、それを予防するための手段なのかどうかである。
この点、こども家庭庁は、「一般的に、再犯を繰り返すことが多いと認められる他の犯罪として、薬物犯や窃盗犯が主に挙げられる。これらの犯罪より再犯率が高いわけではないとしても、性犯罪は、被害者の心身に回復困難な被害を生じさせるといった点において他の犯罪と性質の異なるものであり、その点において再犯率13.9%は看過できる数値ではないと考えられる。」としており(本会議第2回会議「資料1 性犯罪の再犯に関する資料」)、被侵害利益は重大であると考えている。
ここでいう「性犯罪」には小児わいせつ型以外の性犯罪も含まれている。
この点、日本版DBSの目的との関係では、小児わいせつ型の性犯罪に焦点を当てるべきではないか、そのように考えたときに、この5年以内再犯率13.9%は小児わいせつ型以外の性犯罪の再犯率をも含んでおり、過剰な評価がされているのではないかという意見もありそうである(筆者は当初そのように考えた)。
しかし、小児わいせつ型の性犯罪を行う者は必ずしも小児わいせつ型のみを行う「専従型」ではないとのことである。つまり、「性的嗜好は成人女性であるが、通報等をされるのを回避したり、心理的優位な立場に立ったりするために、結果的にこどもを加害対象としている場合」(非専従型)があるとのことであり(本会議第3回会議・嶋田洋徳教授作成資料9頁)、肯ける点ではあるため、この5年以内再犯率13.9%はそのまま受け入れたい。
他方で、筆者としては、EBPMとは真っ向から反するが、仮に小児わいせつ型の性犯罪の一定期間再犯率が1%であったとしても、日本版DBSは創設されるべきであると考える。
つまり、子ども(特にかつての性同意年齢である13歳未満)は、基本的には脆弱("vulnerable")で自らの身を自らの努力等で守ることが困難であり(そもそも何が行われたのかすら把握できないことも多い)、被害が継続する可能性も多分に存在し、また単純に性被害という点だけを見てもそれを受けた場合の心身への(悪)影響は成年以上であろうことが想像でき、さらに本来子どもを保護すべき立場にある者からの被害という点で心理的な(悪)影響は著しいものと思われるため、被侵害利益は甚大である。
なお、統計として表に出る再犯率は氷山の一角であり、それですら1%もあるのであれば、その裏には数えきれないほどの子どもへの性犯罪が生じていることが予想される(※)。
※この点は、性犯罪の前科を持つ者のデータベースを構築・整備するという本報告書案で提案されている日本版DBSの手段とは整合しない理由ではある(氷山の一角であればおそらく前科はないのだろう)。その意味で、UKのDBSのように通報情報も含めてリスト化されることが望ましいことはいうまでもない。
したがって、(仮に本報告書案が提示する方向性での日本版DBSの有効性が極めて限定的ではあっても)小さな芽すら放置すべきではなく、根こそぎ刈り取る必要があると考える。
本報告書案にも記載があるが、日本版DBSによる効果は子どもを性犯罪から守ることだけではなく、その対になる効果として再犯防止、つまり「性犯罪歴を有する者をこどもに教育、保育等を提供する業務から遠ざけることにより、性犯罪歴を有する者を再犯に及ぶきっかけから遠ざけることにも資する」(同3頁)。
このように、効果だけを見れば、 "三方良し" であり合理的に映る。
ちなみに、日本版DBS導入のメリットとして、これによる照会の結果として性犯罪歴があることが確認できなければ「安心して教職員に対して業務を任せることができ(る)」とか、「保護者に対しましては性犯罪歴を有する者が勤務していないということで、安心してこどもを預けることができる施設ということの証明になるのではないか」との意見(本会議第3回会議議事録〔山下構成員発言〕41頁)があるが、それは思い違いである。単に、前科等がないことが確認できるに過ぎず、これから初犯を行う可能性はあるし、表沙汰になっていないだけという可能性は当然残る。あくまで前科等としての記録は残っていないというだけである。
もちろん、制度設計の問題ではあるが、UKのDBSのように性犯罪の前科に限らず、前歴(逮捕歴や起訴歴等警察が保有している情報)に加え地方公共団体等からの通報情報にもアクセス可能ということであれば有効性は格段に上昇するが、他方で違憲審査基準も厳格なものにならざるを得ない。
本報告書案で提示されているようにアクセス可能な情報を前科のみに限定すれば、プライバシーや職業選択の自由の侵害性が限定的となるのと同じく、有効性も限定的となり、違憲審査基準としてはそこまで厳格なものにはならないが、やはり目的と手段が権衡しているか、「将来における害悪発生を予防するために現時点において個人の行為に制限を課すものであり、具体的危険が認識できない段階で個人の人権を制限することがいかなる条件で許容されるかという問題」(法務省「平成28年司法試験採点実感等に関する意見 - 公法系科目 -」3頁)が惹起されることになる。
その観点から、まずはスモールスタートとして、前科情報のみを照会対象とすることも合理的との意見がある。
日本版DBSの概要
本報告書案においても、未だ決定していない事項もあるように思われるが、概ね次のような制度(想定日本版DBS)になりそうである。
日本版DBSは、DBSというからにはUKのDBSを参考にしているはずだが、中身を見ると何一つ共通する点がない。むしろFrance式の前科簿発行制度に類似するように思われる。
まったくの余談だが、UKに倣うことこの上ない我が国だが、ISAしかり、日本版(NISA)にするとどうも制度の改悪がなされてしまうのはどうにかならないものか…
性犯罪の相対的な数も多く性犯罪歴のある者が子どもに関わる可能性が比較的高いUK等では古くからこの種の制度が発展してきたこともあり、我が国において一足飛びにというわけにはいかないかもしれないが、「こどもまんなか」を存在意義に掲げているこども家庭庁には、もう少し子どもの安心・安全を第一とした政策立案を期待したい。(まずはスモールスタートという意見があるのは上記のとおり)
さて、繰り返しになるが、想定日本版DBSは、就業希望者の性犯罪歴を当人以外の第三者である対象事業者に知らせることになる点でプライバシー侵害が、また対象事業者が性犯罪歴前科の回答次第で採否の判断に影響するなどの点で職業選択の自由の侵害が、さらに仮に一定の事業者に対し就業希望者の採否の判断等の場面でその者の性犯罪歴前科の照会義務を課し義務違反に制裁を科すなどとした場合には営業の自由の侵害が、それぞれ論点となる。
以下では、これらの論点と関係する事項の中で、特に意見が割れている事項に絞って説明する。
日本版DBSの論点
(1) 対象の限定
┃ 対象事業者の限定
日本版DBSの対象事業者の範囲は広いほうが望ましいという点については本会議の多くの構成員が賛成していたところであり、子どもの安心・安全を保護するという観点からおよそ異論はなかろうと思われる。
その観点から、学校等の教育施設や保育所等の児童福祉施設のみを対象とするのではなく、より広く、子どもと接する事業のうち、支配性・継続性・閉鎖性という特殊性をもつ事業であれば、学習塾やスイミングスクール等を含む民間教育施設についても対象とすることが望まれる。
賛否はあれど本報告書案で示されている照会への回答のもととなるデータベースはあくまで前科情報のみであり、基本的に前科情報、つまり公開の裁判による有罪判決を受けたことの情報は、本来的にはパブリックな情報である(カナダではウェブ上で公開しているそうな)。
たしかに、前科情報は個人情報保護法では要配慮個人情報(同法第2条第3項)として格別の配慮が要求されているが、さりとて例外はある(同法第20条第2項〔取得場面〕、第27条第1項〔提供場面〕)。
そうすると、学校等の教育施設や保育所等の児童福祉施設のみを対象とする必然性はないように思われる(本会議第4回会議議事録〔普光院構成員発言〕22-23頁)。
他方で、対象事業者には権利(従業員の採用等の場面でその者の前科情報を照会できる)とともに義務(そのような照会を行わなければならないことや照会した結果の情報を厳格に管理しなければならないこと)を課すことになるため、闇雲に網をかけることは、性犯罪歴のある前科者とは異なり基本的に帰責性のない事業者の営業の自由との関係からも適切ではないし、実効性の確保も図れず画餅に終わる可能性、ひいては情報漏洩や不適切利用といった負の側面ばかりが強調され、日本版DBSの廃止という事態に追い込まれる危険性もある。(この負の側面は事業者が前科情報にアクセスできるように設計するための弊害であり、筆者はこの設計に反対であるが、この点は後述する)
そこで、将来的には支配性・継続性・閉鎖性という特殊性をもつすべての事業を対象にすべきだが、一足飛びにいくのではなく、ひとまず学校等の教育施設や保育所等の児童福祉施設のみを義務を課す対象事業者とし、それ以外の事業者は「丸適マーク」のような優良・認定事業者として参加を促すという段階的な制度化に落ち着きそうである。(UKもいきなり現行制度に辿り着いたわけではなく、1986年時点では公立学校等の公的機関への採用に関してのチェック制度であったことに鑑みてもやむを得ないという意見もある)
おそらく、附帯決議に◯年後見直しが記載されるのだろうと思われる。
┃ 対象業務の限定
対象事業者の範囲と重複するはず。
他方で、対象事業者のうち、支配性・継続性・閉鎖性のない業務に従事する者についても対象とすべきという意見もあった。
たしかに、事例としては上記のような教育に関する間接業務に従事する者による性犯罪が生じる可能性はあるが、基本的には支配性・継続性・閉鎖性が揃わず、性犯罪に至る契機・環境はなく、突発的な事件(通り魔的な事件)と同じと思われ、賛同を得にくい。
他方で、子どもの安心・安全を第一に考えると、教育に関する間接業務に従事する者を除外してしまうことも問題である。たしかに、そのような業務に従事する者には支配性・継続性・閉鎖性はないが、子どもの近くにいる、あるいはいても不思議・不自然ではないという点で、性犯罪に至る環境は用意されてしまっている。つまり、通常の通り魔的な事件と異なり、環境が与えられている点で子どもの安心・安全が全うされていない。
上記宮島構成員の発言は神吉構成員の "正論" (そのまま本報告書案に採用されている)にかき消されてしまったが、将来の検討に期待したい。
(2) 日本版DBSの活用
┃ 証明書や照会への回答の内容
この点は、議論が固まっていない部分であるが、肝となる部分でもある。
一方では、「性犯罪歴の重大さにかかわらず対応は一律であると考えられるため回答内容は性犯罪歴の有無のみで足りるという意見」もあった。
本報告書案では、「個々の罪名のどれに当たるかという違いによってとるべき措置が大きく異なるということは通常考え難いものの、性犯罪歴の有無だけであると、こどもに接する業務に一切従事させないこととするのか、あるいは安全を確保するための措置を講じた上で従事させるのかといった判断をする上で情報が足りないということもあり得るため、例えば、特に重大な犯罪であるなど一定の類型のどれに当たるかや、裁判所の判断からどの程度の期間を経過しているかといった限度で回答するということも考えられる。」とされている。
しかし、本報告書案では、「性犯罪歴の確認は、事業者が性犯罪歴を有することが明らかとなった者について、その採否の決定や、対象業務に従事させるかどうかの判断、こどもに関わらない業務への配置転換等のこどもの安全を確保するための具体的な措置を講ずるに当たっての参考情報として活用」することが示されており、性犯罪歴があることをもって欠格事由とはしないことを前提としている(本報告書案第3「5 性犯罪歴確認結果の活用方法」)。
そうである以上、より詳細な情報が必要となるのではないか。
つまり、当該性犯罪当時の加害者の年齢や境遇、被害者の年齢(成年か未成年か)、罰の重さ(懲役◯年・執行猶予の有無・保護観察処分の有無)などある程度具体的な情報がなければ、参考情報とはできないように思われる。
むしろ、一定のカテゴリに属する性犯罪歴という情報のみであれば、実質的には欠格事由と同じである。
筆者としては、欠格事由で問題なかろうと考えているため、結論として本報告書案の内容に異論はないが、参考情報として活用することと整合しないのが気になった。
┃ 証明書の発行申請者と受領者
この点、本会議の構成員からは、日本版DBSにおいても、性犯罪歴をもつ前科者のプライバシーに配慮しやすいUKのDBSに倣い、本人の同意のもとで前科の照会を行い、その結果としての証明書を本人から提出してもらうことの案は出されていた。
たしかに、普光院構成員の意見には一理あり、割と広く前歴やそれ以外の情報まで含めて証明書の内容に記載されるUKやGermanyは、本人の意思で証明書が事業者に提出されるのに対し、基本的には前科情報のみ証明書の内容に記載されるFranceや本報告書案のような日本版DBSは、本人の意思が介在しない仕組みであるがゆえに記載内容が限定的とならざるを得ない、こういう関係にあるように思われる。
つまり、日本版DBSをどのように活用するかがデータベースの議論とリンクしているように思われる。証明書の内容に前科以外により広く情報を記載して欲しいと希望するならば、このように本人の意思で証明書を提出してもらうという構成になる。
他方で、本報告書案のように、本人から証明書の提出を受けるのではなく、事業者が照会することが提案されているのは、個人情報保護法第124条第1項(令和3年改正までは行政機関個人情報保護法45条1項)の趣旨が関係しているとのことである。
この規定の趣旨については、最高裁が次のように示しており、本会議においても宍戸構成員から度々指摘があったところである。
要は、日本版DBSにおいても、本人が証明書を取得し、それを事業者に提出するという建付けをとると、本来の趣旨とは異なる不適切利用(濫用)が生じる可能性がある、その点は個人情報保護法第124条第1項の趣旨と変わらないということである。
なお、こういった濫用懸念ではなく、現実的な問題として、本人に証明書を取得し提出してもらうことを求めるのは、子どものケア等を担っている者への障壁を作ることになり、ただでさえ人手不足なのにという懸念もある。
ただ、この点は、証明書の取得に関しマイナンバーカードやマイナポータルを経由してデジタルで簡易にできるように設計すれば足りるようにも思われ、クリティカルな意見ではない。(別の記事でも触れたが、デジタル完結できるようにすれば誰も手間とは思わない)
筆者としては、普光院構成員の見解の方向性に賛同する。
この点、宍戸構成員や上記判例が懸念するのは、広く一般に「無犯罪証明書」や「犯罪歴証明書」のようなものを要求すると、日本版DBSで想定する事業者や業種に関係なく、採否に関し証明書の提出を事実上義務付けることが横行することであるが、そのような "おそれ" のために子どもの安心・安全が損なわれる "おそれ" が劣後していい理由はないし、またUKのDBS方式とすることで解決できるように思われる。
つまり、何よりも優先されるべきは無辜な子どもの安心・安全であり("チルドレン・ファースト")、そのため性犯罪歴のある前科者等に多少の不利益が生じるとしてもそれは公共の福祉の観点から甘受されるべきである。
ここでの不利益は、①性犯罪歴のある前科者のうち教育関係者にとっては、繰り返しになるが、本来的にはパブリックなはずの前科情報が就業を希望する教育等に関係する事業者に知られること、それが漏洩する可能性があること、ひいては、事実上、教育等に関係する事業に従事することを希望することすらできなくなることであるところ、正直なところ何が問題なのかよくわからない。むしろ再犯に至る環境に置かれなくなること(※)から本人にとっても必ずしも不利益というわけはなかろう。
※ただし、対象事業者を絞ると、そこから漏れた事業者の元に走る可能性があり、本報告書案の示すような対象事業者の制限を前提とした制度では、必ずしも「再犯に至る環境に置かれなくなる」とは言い切れない点には留意。
他方で、②性犯罪歴のある前科者のうち教育関係者ではない者にとっては、いくら本来パブリックなはずの前科情報とはいえ、子どもに関係のない職業に就く際に証明書の提出を求められる可能性はあり、①の前科者のせいでとばっちりを喰うことになるものの、悪いのは教育等に関する事業者でもないのに証明書の提出を求める事業者であり、そのために子どもの安心・安全が後退していい理由にはならない(そのような悪徳事業者を適切に取り締まれば足りる)。
また、UKのDBS方式は、照会は事業者が行い証明書の提出は本人が行うというシンプルなものではなく、事業者が行う照会は、事業者と契約する「登録機関(チェック申請代行組織)」を間に介在させ、おそらく上記濫用が起こりにくいようにしていると思われる。いわゆる弁護士会照会(弁護士法第23条の2)でいうところの弁護士会の役割を果たしているのだと推測する。
(3) 確認(照会)対象となる性犯罪歴等の範囲
┃ 起訴猶予情報
この点、本報告書案では、「本件確認の仕組みが事実上の就業制限という大きな不利益を対象者にもたらすことからすれば、そのような不利益をもたらす根拠とする性加害行為の有無については、正確な事実認定を経たものによって確認すべきであるところ、検察官による不起訴処分は、公平な裁判所の事実認定を経ていない上、処分を受けた者がこれに不服を申し立てることができず事実認定の正確性を担保する制度的保障もない」として、起訴猶予情報は対象から除かれる見込みである(本報告書案10頁)。
これに対しては、「事実認定の正確性を担保するため、被疑者本人が同意している場合に限って不起訴処分を本件確認の仕組みの対象にするという案」が磯谷構成員から提示された。
しかし、次の2点が問題であるとして、上記案は却下された形である。
同意したかどうかを検察官の起訴・不起訴の判断に結び付けることとする場合には、そのような選択を迫られる場面における同意は真意に基づくものと言えるのか
そのような問題が生じないように飽くまでも不起訴とされる者について犯罪歴等の照会の対象とするかどうかを本人の同意如何に係らしめることとするのであれば、不起訴処分となった者のうち、犯罪歴の回答等の対象とすることに同意した者については対象となり、同意しなかった者については対象とならないという結果となり、反省等して同意する者だけが不利益を被ることとなるのは不均衡である
この1点目については詭弁であるし、上記案を正確に理解した上での意見ではない。つまり、上記案は被疑者が日本版DBSに起訴猶予情報が掲載されるという不利益を甘受すること、つまり当面の間は対象事業者において教育に関係する業務に従事できないことに加え、そのため再犯防止に資することを材料として、その他の事情を総合的に踏まえて検察官による起訴・起訴猶予の判断に委ねるというものである。
これは、示談と何ら変わらない。示談にしても、被疑者本人が完全に認めている場合もあればそうではない場合もあり、起訴猶予を取るために渋々、つまり真の同意ではないケースは往々にして存在する。
1点目について真の同意がないとか言い出すと、示談すら真の同意がなく、錯誤無効とか意味不明なことになりかねない。
このような次第であり、したがって2点目に対して反論する必要はもはやないのだが、反省しなかった者が得をするのかどうかは状況次第としかいえない。通常、示談が成立し宥恕があれば、起訴猶予となることが多いが、日本版DBSへの掲載に同意するかどうかに迫られているということは、示談が成立しないようなケースと思われ、その場合に、日本版DBSへの掲載という "蜘蛛の糸" があるのに手を出さないことがあるのだろうか。 起訴されればほぼ100%の確率で有罪判決(実刑かどうかはまた別論だが)を受ける以上、日本版DBSに掲載されることに同意せずに通し切ることができるかどうか。
2点目は所詮机上の空論である。(学者らしい)
ちなみに、筆者としては、子どもの安心・安全を第一に考える必要があると考えており、少なくとも示談がなされた性犯罪事件における起訴猶予情報も確認(照会)の対象にすべきだと考えている。
┃ 確認(照会)可能期間
この点については、期限を切るべきではないという意見と、期限を切るべきであるという意見に分かれた。
前者は、性犯罪を行う者はある種の病を持っていると考え、またそれは一般的には完治困難であり、一生涯にわたり再犯可能性があるという見解に基づいている。
後者は、日本版DBSへの情報掲載は、性犯罪歴をもつ前科者にとって不利益となる部分があり、また更生という観点も重要であるとして、一定の期限設定は必要であるという意見である。
しかし、繰り返しになるが、何よりも重視すべきは子どもの安心・安全であり、またその裏返しである再犯防止である。性犯罪歴のある前科者の更生は教育現場だけで行われるべきではない。
下図のとおり、UK・Germanyにおいては一定の重大犯罪については無期限に証明書に記載されることになっており、UKでは殺人や過失致死は別として児童誘拐等の児童関係に関する犯罪が、Germanyの「無期懲役」は犯罪の種類なく一律であるが、刑の種類的に無期限でも不自然ではなく、その他は児童関係の犯罪が占めている。
このように、性犯罪の先進国においては、少なくとも小児わいせつ型の性犯罪については完治困難、つまり一生涯にわたり再犯可能性があると判断しているものと思われ、万に一つでも再犯可能性があるのであれば、無期限に確認(照会)可能な状態にすべきである。
他方で、長期間になるほど、個人を特定する情報、つまり氏名や住所は変化し得るため、そういった情報だけに依拠せず、マイナンバーによる紐づけを含めた個人特定が必要だろうと思われる。
以上
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