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小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第2話-③

・第二話 列車のふたり

「どうしてこっちに帰ってらっしゃったの? 東京や札幌には楽しいこともいっぱいあったでしょうに」

「いや、東京も楽しかったんですけど、とにかくなんでも高いんですよ。金銭感覚も性格的にもちょっとついていけない感じがしてました。このおにぎりと漬物食べて、ほっとしてます」

「わしらは足毛で食堂をやってるから思うんだけどね、結局人間って生まれ育った土地の食べ慣れたものが一番おいしいんじゃないかって思うよ」

「あ、わかります。東京でもしゃれたレストランとか行って、たっかーい食事したこともあるんですけど……、みんな美味しい美味しいって言うんだけど、素直にはそう思えなくって。たぶん食べ慣れてないからって思いました。大トロとかも脂っぽいし」

「あら、まだお若いのに少し残念ね。今からでも色々と試して美味しいものたくさん見つけたらいいじゃないの?」

「いや、都会の生活ってどこかでみんなと合わせないと馬鹿にされるから合わせてる人も多いのじゃないかって思います」

「うん、それはあるかもね。私の周りも残念だけど人の情報を鵜呑みにしがちな子多いよ。特にインスタとかに上がった店ばかりありがたがったり、なんか自分では判断してないような人が多かったな」

「たぶん人は生まれ育った環境、それこそ水や気候が一番快適に思うように生まれるんじゃないでしょうか?」

「そうだな。じゃなければみんな都会に住んだ方が良いってなるしな」

「外国の料理とか、どう見ても美味しくなさそうなものもあるけど、現地の人にはそれが一番ごちそうなんだよ」

 僕が漠然と抱いていた疑問が分かったような気がした。

「お金持ちが必ず幸せではないってことですかね? 僕も沼太町のお米、実家から送ってもらってたんです。でも水がまずいせいか、何か違うって思ってました。でも、こっち帰ってきてからご飯が美味しいってほんと思いました」

「私も札幌だったけど、お母さんのご飯がたべたかったな」

「いや、なんか地元に帰ってくることに少しだけ不安もあったんですが、今のおふたりの言葉で自信が持てました。ありがとうございます」

「いや、なにも。私たちはずっと地元にいるので、広い世界のことを知らんだけですよ。それはそうと、おふたりはどこまで行かれるの?」

「朝日山動物園に行こうかって」

「あら、デート? いいですね」

 この老夫人からの突然の質問に応えるのに、僕は迷った。彼女と一緒に遊びに行こうとしているが、他人からこのように質問をされることは想定していなかった。吉田さんとは同級生どうしであり、「デートですか?」と訊かれて、僕はなんと返事をすればよいのだろう。いったい、彼女は僕のことをどう思っているのだろう。

 彼女を横にして「はい」と答えたら、「違います」って即、否定されるんじゃないだろうか。でも、「いえ、ただの友達です」と言うのも失礼のように思うし、もしも彼女が僕に好意を持っていたら、それこそがっかりさせるだろうし、機嫌も損ねそうだ。

 たった一言「デート?」と訊かれただけで、僕の頭の中で「はい」と「いいえ」が行ったり来たりしている。いったいどれくらいの時間が経ったのだろう、気づくと隣で業を煮やしたのか、彼女が「えぇ、まだつきあってから少ししか経ってないんですけどね」と僕より先に答えを返した。

 彼女に答えさせるとは……、一番最悪の結果になってしまったことを悟った。

つづく


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